桜の雨が降る 3部1章1

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  1.魚崎明水の推理  

 優桜の母、結女は明水からみると義理の叔母にあたり、明水と直接の血縁関係はない。
 魚崎家は美桜の事件の後、身内での結束が極めて強固になった。そのため、近所にある明水の家族と優桜の家族は頻繁に行き来しており、互いの家の内情にも詳しい。
 明水の知っている叔母――結女は、綺麗な人だった。同じ母親でも、明水の母よりずっと若々しく美しい。明水は、そう見えるのは単純に年齢によるものだと判断していた。元々、明水の父と優桜の父に五歳近い年の差があり、加えて結女は叔父よりかなり年下なのだ。そのため明水の母とは十歳近い年の差がある。
 だから、その綺麗さについて、明水は別に普通のものだと思っていた。まさか彼女に、芸能人の前歴があるとは想像していなかったから。
「確かにおばさんって美人すぎますよね」
 ディスプレイの中で微笑む美女を眺めながら、明水はひとり呟いた。
 深川結女。四半世紀前に大人気だったマルチタレント。
 当然ながらインターネットに写真が出回っていて、それを見れば自分の叔母、魚崎結女の若い頃であることは一目瞭然だった。難関大学に在籍する秀才として売り出していた、知的な美女。全体的に、特に目のあたりは優桜とよく似ている。母と娘なのだから当たり前の話だが。
 ふたりともよく似ていて、綺麗で――だから、明水は不安になる。
 男性よりは女性の方が犯罪の被害者になり易いように明水は思う。年頃の女の子というのは、小さな頃と合わせて危うい時期だろう。だから優桜の父親は、娘が自分の手元から離れることをあんなに怖がった。
 そして、優桜が人気タレントによく似ていて、いくら美人でももう中年の域に達した彼女とは違い、年若い娘なのだとしたら?
 明水はいつもそこで考えることを止める。世の中はそんな人ばかりではない。そんな危険な人間ばかりなら、とっくに社会は成り立たなくなっている。
 けれど、考えられる可能性の中で、いちばんあり得る話でもあるのだ。優桜は、叔母の過去の経歴に関する何かに巻きこまれてしまったのではないだろうか?
 叔母の話を詳しく知りたいと思い、父に聞いたら予想外に鋭い反応をされたのも、明水の仮説に真実味を持たせる。なぜ隠すのだろう? これだけのタレントだった人が身内にいるのなら、普通は自慢するものではないだろうか。明水は自慢を聞くどころか、叔母がタレントだったことすら知らなかった。
 優桜はどうだろう? 知っていたのか、それとも知らなかったのか。
(知らなかった、と考えていいでしょうね)
 その手の身内の話を自慢したくなる時期が子供にはある。優桜を赤ん坊の頃から明水は知っているが、そんな話を聞いたことはなく、そして優桜はいなくなる前「両親が隠し事をしていた」と泣いていた。
 隠し事の内容は、間違いなくこの事だろう。妙な事件記者が嗅ぎ回っていたことが裏付けだ。
「結女叔母さん……貴方は何を隠してたんですか?」
 思わず言葉が口をつく。ディスプレイに話しかける自分を想像したら、ぐったりと力が抜けた。
 有名なタレントだったため、インターネットで検索をかけるとそれこそ山のような検索結果が出てしまい、明水ひとりではとても調べきれないのだ。これだけの情報を隠しきったのだから、ただ漠然と「綺麗な人」だと思っていた叔母は、実は相当の人物だったのだろう。
 父親の反応を見る限り、これ以上は聞けない。母親も祖父も同じだ。当人の結女は依然として意識不明の床にあり、いつ倒れてしまうかわからないほど追い詰められている叔父に話を聞けるとも思わない。
 話を聞き出せそうな人物を、明水はひとりしか思いつかなかった。
 パソコンに表示されている時計を確認する。相手はまだ仕事中だ。今日、明水の授業は夜の八時で終わる。そこから電話したほうがつかまえやすそうだった。
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