桜の雨が降る 2部3章8

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『パワーストーンの乗っ取りだって?』
 ラーリが声を裏返す。
 騎士は頷いてから、相手には見えないことに気づいてああと相づちを打った。
「そういう能力者の事例って、ないのか?」
『あんまり聞いたことないな。マスターの大半は、事象を操る能力だから』
『[データベースの関連項目も少ない。本当に希有な例だろうな]』
 画面だけ開いている端末に、フリュトからの回答が浮かぶ。
 パワーストーンの質問だけだとうるさいくらいに念を押されてから、ラーリに電話をすることが許された。騎士は端末が苦手なのだ。自宅にも端末は置かれていない。この端末は連絡用にと、フリュトの自宅の倉庫から騎士にはおおよそ見当のつかないチェックを経て貸出されていた。電話回線も、今も自室で画面に向かっているフリュトの厳重な監視下にあり、ちょっとでも変な話をすれば即座に切られることになっている。フリュトがどんな方法を用いているか、騎士は知らない。知らなくても、フリュトとラーリが何とかしてくれるだろう。
 騎士としては、差し向かいで話がしたいのだが、距離的な関係でそうもいかなかった。ラーリもフリュトもそれぞれの場所から調べてくれるということで、話す話題の尽きた騎士は、礼を言って電話を切り端末の電源を落とした。元来、口は達者なほうではない。
「おにいちゃん」
 顔を上げると、戸口にコルノが立っていた。あの奇抜な黒と白の衣装を脱いでしまえば、もういつもの甘えん坊の彼女だった。風呂に入っていたのか、金髪がぺたんこになっている。
 そんな日常の姿に、騎士は表情を緩めた。
「まだ起きてたのか」
 頷いて近づいてきたコルノのぺたんこの髪を、騎士は撫でつけてやった。
「早く休みな。超能力は、使うと疲れちまうんだろ」
「アタシは平気。おにいちゃんこそ大丈夫?」
 日常に加えて姫君の世話をし、加えて今日の事態だ。コルノは騎士を心配してくれたのだろう。
 安心させるように、騎士は口元を緩めた。
「大丈夫だ。だからおやすみ」
 コルノはまだ何か言いたそうだったが、それでもおやすみなさいと部屋から出て行った。階段をのぼる音がする。
 それを確認してから、騎士は肩の力を抜いた。
 今、コルノに嘘をついた。本当は大丈夫じゃないし、少し落ち込んですらいる。
 エレフセリアと呼ばれる連中を叩きのめし、彼らの企みを止めさせてしまえば丸く収まると思っていた。エレフセリアというのは、過去の自分のような武力組織だと勝手に思い込んでいた。
 ところが、姫君の告げた先で騎士が遭遇したのは、姫君と変わらぬ年頃の少女だったのだ。しかも彼女には、どこか姫君を思い出させるところがあった。同じ年頃の中央人であるせいなのか。それとも、元気な頃の姫君と同じ髪型をしていたせいなのか。
 彼女は世界の崩壊を知らない様子だった。しかし、彼女はエレフセリアであることを否定しなかった。それは、騎士がこの先、彼女を倒さなければならないということだった。
 そして、彼女はフォルステッドを探していると言った。
 フォルステッドは、世界の恨みを集める魔性の女。でも本当はそうではないことを騎士たちは知っている。だからこそ、フォルステッドが誰なのかは知られてはいけない。
 気後れすればやられてしまう。しっかりしろ。そう自分に言い聞かせる。
 何に変えても守りたい人がいる。そのためなら、この世界に格差が続こうと構わない。少女を手にかけるかも知れないという事実にすら臆さない。
 騎士はベッドに身を投げ出すと、目を閉じた。途端に眠気が彼を襲う。
 閉じた瞼の裏に、姫君の笑顔が浮かんだ。明るく無邪気な、騎士の大好きな元気な顔。
 騎士の口元に微笑が浮かぶ。
 彼女の眠りが今日も平穏でありますように――。
 その祈りを最後に、騎士の意識は眠りに飲みこまれた。
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