桜の雨が降る 2部3章7
優桜たちが屋敷に帰ると、おおっと大きく場がどよめいたところだった。
「お帰り」
卓にカードを置いて、ウッドが振り返って笑う。
「ウッド! だいじょぶ? 指全部ついてる?」
「それどういう意味だよ」
メリールウに手を広げて確認され、ウッドは苦笑いすると彼女の手をはらい、肩を抱き寄せた。
「聖護石、あったか?」
はいと、優桜はウッドに石を渡した。鶏卵ほどの石は屋敷の中でも、照明を浴びきらきらと虹色の光を中に宿していた。
「ウッドはどうだったの?」
「ざっと二十人抜きを」
「ええっ?!」
豪華な椅子では、リヴズンが苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
「お前、何でカードそんなに強いんだよ」
どの店の連中もお前から勝ったことないって言ってるしと、サリクスが不思議そうに言う。ウッドはそれについては何も言わなかった。
「それでは、これで同盟成立ですね?」
リヴズンの前に聖護石を置き、ウッドが確認する。リヴズンは渋い顔をしていたが、やがて表情を緩めた。
「確かに、あんさんらには幸運がついとるんでっしゃろな。しゃーない、協力させてもらいまひょか」
「やったあ。オジサン話せるっ」
メリールウが、リヴズンの頬に音を立ててキスをする。そんな彼女を慌てて引きはがして、優桜達は屋敷を辞した。
行きと同じ方法を使い、ビルまで戻った頃には日がとっぷりと暮れていた。サリクスはこれから店があるとすぐ帰ってしまったため、メリールウとウッドの三人で、食堂で食事を調達してから事務所に戻った。
メリールウがお茶を入れてくれる間に、優桜は食事の支度をした。今日のメニューは少し辛めの味付けをしたスープと、小麦粉に薄切りの野菜を入れ、薄く伸ばして焼いたものがたくさんだった。具と厚みが少ないお好み焼きといったところか。スープをカップに注いでいく。
「それじゃ、ご苦労さんでした」
ウッドが飲み物のコップを目の高さに掲げる。
「おつかれさまー!」
メリールウが自分のコップを、ウッドのものと優桜のものにぶつけた。お昼前に食事はしたはずなのに、無性にご飯が恋しくて、優桜はしばらく食べることに没頭していた。
「そういえば、ウッド。黒ずくめの人たちに会ったよ」
メリールウの言葉で、優桜は口の中のものを飲みこんだ。
黒ずくめの一味。姫君を元に戻せと、それだけを願っている様子だった。
ウッドは考えるように顔を手で覆った。
「黒ずくめで姫君、ねえ……」
「ウッド、何か知ってるの?」
彼は首を振った。
「武装集団の残党じゃねえか? まだ北部には残ってるらしいって聞くし、実際、内戦終わっても十年くらい前までかなり大規模な残党組織が生きてたし」
ああと、メリールウが納得したように頷く。
「『忠誠の杯』だよね」
「? それ何?」
「優桜はわからんよな」
平和はすぐに訪れたわけではない。武装集団自体が一枚岩の組織ではなかった影響で、不和姫の再臨を信じ、彼女が消えた後でも戦いを止めなかった集団がある。
『忠誠の杯』はその中でも特にしぶとい集団だった。彼らは何もわからない幼い子供を誘拐して集団内で不和姫に忠実な兵士として、戦うことに疑問を覚えないように育て上げるという人道に外れた行為を繰り返し、戦力を補強した。犠牲になった幼い命は数え切れない。もしかしたら、今でもそうやって戦い続ける青年たちがいるかもと言われるほどの。
悲惨な話題に、優桜はうつむいた。自分と同じ年頃なのに、幼いうちに家族から取り上げられて戦闘兵器にさせられた人がいるなんて、悲しすぎるではないか。
「そっか。『姫君』は不和姫のことなんだね」
メリールウはそれで納得したようだった。
「しかしまた来られたとしたら、マスター能力者ってのが厄介だよなあ。汎用性の高い氷と風か」
「ねえ、サリクスもマスターなの?」
ウッドは頷いた。
「そうだよ。あいつ、重力使いのパワーストーンマスターだから」
だからあの時、騎士は地面に叩きつけられたのか。
「ウッド。あたしは、真なる平和姫は『マスター』なの?」
優桜の真剣な問いかけに、ウッドはスープの容器を置いた。
「平和姫は青い石のマスターって伝わってるけど」
優桜はポケットからペンダントを取り出した。
「これがその青い石だよね」
あの時、騎士は能力を使えなくなり、優桜が反撃したいと思った方向に氷は広がっていった。優桜は、騎士の氷の能力を乗っ取っていたのだ。
「相手のマスター能力を乗っ取る、ねえ」
ウッドが喉の奥で笑う。
「正義の味方の能力にしちゃ狡すぎるよな」
「でも、あの時あたしとっても助かったよ。ありがとー、ユーサ」
メリールウがにこにこ笑う。
このまま進んでいいのか、優桜は実のところ、まだ確証が持てない。だけど、正しい方向に進むべきだと思っている。母のように罪を犯さないために。
その早道は、多分、エレフセリアについていくことだろう。そしてフォルステッドを探し、元の世界に戻るのだ。
(そういえば、何であの人達「フォルステッド」って言われて驚いたんだろう)
ふと、そんな疑問が胸を刺した。
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