桜の雨が降る 2部3章5

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「世界を壊そうとしている奴は誰だ?」
 騎士は光る氷の刃を構えていた。
 背筋がざわざわした。こんなに明確な悪意にさらされるのは、優桜ははじめてだった。
「壊そうと……して、ない」
 何度も生唾を飲み、やっと出てきた言葉は震えていた。
「そうよ、壊そうとしてないわ」
 メリールウの声は、優桜よりずっと落ち着いていた。
「あたしたち、作り直そうとしているのよ! この格差だらけの社会を!」
「そんな戯れ言を信じると思うか」
 氷の刃が不気味に煌めいて、騎士が振り下ろさんとばかりに腕に力をこめる。メリールウが、かばうようにして優桜をぎゅっと抱きしめる。その暖かさを感じ、次に来る痛みから逃れたくて、優桜は目を閉じた。
 しかし、刃は振り下ろされることがなく、崩れ落ちたのは騎士の方だった。
「ぐっ……?」
 見えない何かに押し潰されているように、騎士が地面に膝をつく。
「騎士?」
「おにいちゃん!」
「来るな、コルノ」
 駆けてこようとしたコルノを制する腕も、地面に叩きつけられそうだ。
「サリクス!」
 メリールウの声にサリクスがいた方へ振り返ると、彼は拳を作り、指輪を騎士の方に突き出していた。
幅広の鈍い銀色の指輪は、よく見てみればところどころに赤い筋が入っている。
「マスターがそっちだけの専売特許と思うなよ」
 サリクスが指輪をつけた腕を高くあげ、勢いをつけて振り下ろす。とたんに騎士の体は地面に押しつけられ、彼は苦痛の呻きをあげた。
「騎士!」
 騎士は叩きつけられた体をさすった。
「大丈夫か?」
「あっちもマスター……いや、超能力か?」
 問いかけられ、オボアは首を捻った。
「どうも違う気がするがなあ。母ちゃんよりは父ちゃんっぽい」
 横に来ていたコルノも、こくこくと頷く。
「うん。アタシやパパとは違う。あれはパワーストーンよ」
「お前らがいうならそうか」
 騎士は短く言って、首を振った。
「メリールウ、優桜、大丈夫か?」
 その間に、サリクスは優桜とメリールウを助け起こしてくれた。
「サリクスもマスターなの?」
「その話は後でな」
 サリクスは手を後ろにやると、腰のケースから何かを引き抜いた。黒く光るそれは、拳銃だった。照準を騎士に合わせる。
「形勢逆転だな」
 にやりと、唇を歪めて笑う。誰かが息を呑む音がした。
「いっとくけど、早撃ちは得意だからね? 三人くらいならたんたんたーんって撃っちゃえるからね?」
 その言葉に、オボアが笑い出した。
「早撃ちかー。すっげー、格好良いな!」
「っしょ?」
 サリクスも笑う。形勢は完全にサリクスに優位に見えた。
「でも、格好良いってこういうのを言うんだぜ」
 オボアが笑う。次の瞬間、轟音を立てて風が吹いた。
「!」
 優桜は目を閉じた。
 凄い風だ。目を開いていることさえできない。飛ばされた砂埃が、肌に傷をつけていく。サリクスは銃を構えていることができずに膝をついた。
 気がつくと、騎士が再び優桜の前で刃を構えていた。その少し後ろで、オボアが気持ちよさそうに笑っていた。
「勝利を確信して笑うのって、結構よくある逆転負けパターンだぜ?」
 ひゅっと風が吹き、騎士のコートの裾をはためかせた。風はまるで生き物のように、オボアの手の中に戻る。彼が持つ緑の石の中へと。
「まあオレもカッコイイことは大好きだから、人のこと言えんけどさ」
「お前もマスターかよ……」
 サリクスが悔しげに呻く。
 優桜は、必死に考えた。メリールウの能力は、歌わなければ発動できないのだろう。風で歌をかき消されてしまえばどうしようもできない。サリクスもこの姿勢では銃を撃てないだろうし、凍らされたり吹き飛ばされたりすれば意味がない。
 どうにかできるのは、自分だけ。しかし、どうすればいいのだろう?
 考えて、考えて――かあっと、優桜の頭に血がのぼった。
「いやあっ!」
 メリールウの腕を押しのけて、ずっと携えていた剣を両手で持って、鞘のまま騎士に振り下ろす。
 騎士はあっさりと氷の刃で優桜の剣を押しとどめ、彼女に向かって押し返した。優桜の体はまるで漫画のように吹き飛ばされ、後ろの岩盤に当たってずるずる崩れた。背中に激痛が走る。
「こっちはできるだけ穏便にすませたいんだよ」
 不快そうに騎士は言うと、倒れる優桜に歩み寄った。
「さっさと言えば命は取らない。世界を壊そうとしているのは誰だ?」
「誰も世界を壊そうなんてしてないわ! あたしたちは世界をよくしようとしてるのよ!」
 優桜は叫んだ。思いの丈をぶつけた。
「それに、エレフセリアも真なる平和姫も関係ない! あたしが探しているのはフォルステッドなんだから!」
 その言葉に、騎士が一瞬動きを止めた。オボアも、この黒ずくめの集団の中で唯一表情がわかるコルノも、真っ青になって唇を引き結んでいる。
「フォルステッド……だと?」
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