桜の雨が降る 2部3章3
地図に載った坑道はあらかた歩き回り、そろそろ手詰まりの感じが見えてきた。見つからなかったらどうしようという不安を優桜は必死に押さえ付けていたが、メリールウとサリクスはお気楽なものだった。
「次のところはさっき行ってるねえ。道終わっちゃった」
「じゃあ、横の地図に乗ってないとこにそれてみるか!」
そうしようそうしようと、メリールウが賛同する。何の対策もなく入ってく二人に、優桜は戻ってこれますようにとばかりに、下げていた剣を使って岩壁に大きく印をつけた。剣をこんなことに使えば刃こぼれするのはわかりきっていたが、背に腹は代えられない。
入り口の近くに、左右に二つ横道があった。最初の横道はすぐに終わり、収穫はなかった。二つ目の道はぐるぐると入り組み、最後にぽっかりと空洞が広がっていた。上の部分に小さく穴があいていて、青空が見える。
「へー。こんな場所あるんだな。休憩するか?」
「調べてみるからちょっと待ってー」
言うと、メリールウはまた拍子をとって歌い始めた。岩壁から小さな光がこぼれ出す。赤、緑、黄色――そして、虹色。
「あれ?!」
優桜が声をあげると、輝きはぱっと消えた。
「どしたの、ユーサ?」
「今、そこんとこ虹色だったよ!」
「えー、どこどこどこ?! あたし見に行くから教えて」
「メリールウが歌わなきゃわかんないってば」
そっかと鼻の頭をかいて、メリールウはもう一度歌い出した。優桜はじっと壁の一点を確かめる。たしかにそこからは他より大きい、虹色の輝きが溢れていた。
サリクスが持っていた道具袋からつるはしを出すと、その場所に印をつけた。
「いいぜ、ルー」
メリールウが歌い止む。
サリクスは意外なほど慎重な手つきで、岩壁を崩していった。カン、カンという反響の音が響く。
穴が優桜の頭くらいは入る大きさになったところで、サリクスは手を突っ込むと、取り出したものを優桜の手に乗せた。
それはリヴズンが言ったとおり、中に虹色の輝きをくるみこんだ石だった。鶏卵くらいの大きさをしている。
「みつかった……」
「よかったー、ユーサ!」
メリールウが優桜に飛びついてくる。
「じゃ、さっさと帰ろうぜ。ウッド今頃大負けしてたりしてな」
サリクスがせいせいしたとばかりに、大きく伸びをする。優桜のつけていた印が無事役だって、地図に乗っている道までわりと簡単に出ることが出来た。
「そこ曲がったら出口だよね」
その分岐に、人が立っていた。
「?」
人、といっても、優桜より背が低いその人物は、まだ子供と言ってよかった。一瞬、鉱山を体験に来た他の客かとも思ったのだが、それにしては子供の服装はあまりに奇異だった。
頭に黒い小さなシルクハットをちょこりと斜めにかぶり、左目にはバラの花を大きくあしらった眼帯をしている。黒いワンピースはパニエでふくらまされていて、裾は服地と対照的な白いフリルでふちどられていた。どうみたって、鉱山に来る服装ではない。ここが鉱山でなければ、見事な金髪のこの子供はきっとお人形のようにかわいらしいのだろう。
優桜たちが足を止めたことで、子供も気づいたようだった。彼女はぽんと後ろに後ずさると、大声を上げた。
「騎士おにいちゃん、見つけたよ!」
「え……何だよ、あのちんちくりん」
サリクスがメリールウと優桜をかばうように前に進み出る。
角になった分岐を曲がると、先ほどの黒い服の子供の他に、二人の人物がいた。
一人は襟を立てた白いシャツの上に黒いジャケットを羽織り、細身のズボンも黒を合わせていた。ミラーグラスで顔を覆っているせいで造作はわからなかったが、おそらく、優桜と同年代の少年だろう。色素の薄い髪が左右に跳ねている。
もう一人は足まで覆う黒のタイロッケン・コートを着ていた。かなりの長身で、視線を合わせるには優桜は首を曲げなければならないだろう。この人物もまたミラーグラスをつけているから、顔はわからない。髪の色は子供と同じで、輝くような金髪だ。その子供がコートの男の方のズボンをつかんで、何かを話していた。
「ありがとう、"コルノ"。危ないから、あとはおれ達の後ろに下がってるんだ」
ひどく優しく言うと、コートの男性は優桜たちに立ちふさがった。
「……そうか。お前達が『エレフセリア』か」
優桜たちに対峙する男性の声は、先ほどと違いどこか憂鬱そうだった。
「え、なんでそのこと」
エレフセリアは秘密組織のはずだ。
否定しなかったことで、コートの男は同意と捉えたらしい。声が怒気をはらむ。
「お前達が姫君を壊したんだな」
「姫君、って……」
メリールウの声に全く耳も貸さず、男は真っ直ぐに優桜のところへ歩いてくると、いきなり優桜の胸ぐらをつかんだ。初対面の相手からこんな乱暴をされて、優桜はびっくりして声が出なかった。本当に驚くと声って出ないんだと、なぜかそんなことを思った。
「おい、いきなり何すんだよ」
サリクスが割って入り、男の手をほどこうとする。しかし男は腕の一振りでサリクスを岩壁に叩きつけてしまった。
「痛って」
「サリクス!」
サリクスが表情を歪める。男はそんなに力を入れた様子がないのに、サリクスが叩きつけられたときには凄い音がした。
「サリクス、だいじょぶ?」
「お前らいったい何なんだよ」
「えーっと、オレ達が何かって?」
答えたのは男ではなく、少年の方だった。
「そういや、個別にコードネームはつけたけど、組織の名前はまだなかったな。名前はまだない……NMNでいっか!」
場違いなまでの明るい調子で少年が言う。
「なあ、よくね? NMN」
「オボア、ネーミングセンスない」
後ろに下がっていた子供が、冷ややかな調子で眼帯に覆われていないほうの緑の目を細める。
「えー? オレはこれ以上ないほど格好良い名前をつけてるぜ?」
オボアと呼ばれた少年はそういってぼやいた。露出している口元が、楽しくて仕方ないといった様子で笑っている。
「ってわけで、オレたちはNMNです。あーでも姫君を助け隊ってのも捨てがたいかも。どうする、騎士?」
「……お前は少し黙ってろ」
騎士、と呼ばれた男性は苛立ちを隠さずそう言った。優桜は逃げ出そうと足をばたつかせた。
「や、めて」
「止めて欲しかったら、早く姫君を元に戻せ! お前らがエレフセリアなんだろう!」
一体、この人は何を言っているのだろう。優桜にわかるのは、彼らが姫君と呼ぶ人物の解放を求めていることだった。でも、優桜はそんな人物は知らない。
「あたし、知らない」
優桜は首を振った。
「嘘をつくな!」
騎士は怒りに任せて、優桜の襟首を強く締めあげる。
(このままじゃ、息ができなくなっちゃう……)
その時、メリールウが騎士に体当たりをした。優桜はメリールウともつれるようにしてその場に倒れる。
「ユーサ! ユーサ、平気?」
咳込む優桜の背を、素早く体を起こしたメリールウがさすってくれる。
「ありがと、メリールウ……」
「何をしとるんだ?!」
揉み合う音が入り口まで聞こえていたのか、気づくとつるはしを持った管理人の老人がそこに来ていた。彼は倒れる優桜たちと、突如現れた黒づくめの一味を見て目を剥いた。
「あんたら……武装集団か?!」
武装集団。
内戦を起こした集団で、そこに属するものはみな烏のような黒い服を着ていたという。そのため、ガイアの人は黒づくめの服を嫌う。部分的な黒を使うことすら武装集団のようだとして嫌がる人がいるくらいだ。
「話がややこしくなりそうだな……」
騎士は息をつくと、左手を掲げた。そこにはいつの間にか、透明の石が握られている。
「少し黙っててくれ」
ひゅうっと、空気が鳴いた。
「寒っ」
優桜は身を固くする。冬の北風よりももっと冷たい風がふいていた。その風は管理人の老人へとむかい、彼の右足をたちまち、氷で覆う。
「ひいいっ!」
老人が悲鳴をあげて足をばたつかせる。どてんとひどい音がして、老人はひっくり返った。右足のブーツだけが凍り付いたままそこに立っている。
「無駄なことはしたくない。命が惜しかったらひっこんでろ」
騎士に低い声でそう脅され、老人はほうほうのていで逃げ出した。
「パワーストーンかよ」
サリクスが唸るようにして言う。
力包石の主(パワーストーンマスター)。石とつながることで超常現象を引き起こすことの出来る存在。
話でしか聞いたことのなかった能力者は、今目の前で優桜のことを睨んでいた。冷たい気配が、騎士を守るようにまとわりついている。
「繰り返すが、無駄なことはしたくない」
騎士はそういって、氷で作った刃を優桜とメリールウに向けた。
「答えろ。世界を壊そうとしてる奴は誰だ?」
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