桜の雨が降る 2部3章1

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3.黒衣の騎士
 パワーストーンは主に鉱山から採掘されるという知識を、優桜は既に得ていた。この不思議な、現代と似ているようで似ていない世界のことを、優桜は叔母を探すうちにだんだんと学んでいった。
 瞬間移動は貴重なものなので、この移動では使えないとのことだった。優桜たちは一度集落に降り、その中を通って反対側の鉱山に向かった。はじめて入ったリーガルシティ以外の場所は牧歌的で平和そのもののように思えた。しかし、この人たちもみな格差に苦しんでいるのだ。
 屋敷から鉱山までは半日かかり、鉱山の中でどれほど過ごすかわからない。集落に一軒だけあいていた食堂で、サリクスが昼ご飯を奢ってくれた。
「ごはんなんか食べてていいの?」
 ウッドの状況を考えれば、一刻も早く帰るべきだと思うのだが。
「いーのいーの」  サリクスはぱたぱたと手を振った。メリールウはもう席に座っている。優桜は息をついた。諦めと呆れの両方の意味で。
「よくお金持ってたね!」
 濃いめのスープに浸された細い麺をすすりながらメリールウが言う。ずるずるやっているせいで、汁がテーブルに飛んでいた。
「いつ楽しいことのチャンスがあるかわかんないから、見せ金はかかさないのさ。送っていった女の子とイイコトになる可能性だってあるし」
 サリクスの懐具合は優桜には想像がつかない。繁華街の人はあんまりお金を持っていないような印象があるが、用心棒で顔が効くということはそれなりにもらっているのだろうか。
 目の前の麺は白く、優桜はうどんを思い出した。フォークで食べているので、洋風のうどんと思うと何だか奇妙だった。美味しい料理だったのに、優桜の舌には最後まで違和感だらけでもあった。
「ごちそうさまでした。お金、帰ったら払います」
 支払いを終えたサリクスに優桜はそう申し出たが、サリクスは首を振った。
「いいんだよ。年下の女の子に払わせたら男が廃るって」
「……いいの?」
「いいの。そのかわり優桜も稼ぎが順調になったらかわいい後輩に払ってやりな。そういうもんだから」
 予想外に理にかなったことを言われ、優桜はまじまじとサリクスを眺めた。
「? 顔になにかついてる?」
 優桜は慌てて首を振る。サリクスはにやりと笑った。
「あー、もしかして俺の甘いマスクに見とれた? 見とれた?」
 がくんと、優桜の肩が落ちる。
「よし、ユーサ。帰ったらデートしてやろう」
「そうじゃなくって」
「よかったねユーサ。サリクスと約束するの結構たいへんなのよ」
 メリールウがわがことのように喜びだす。
「そんな。ルーとの約束ならいつだってオレは駆けつけるのに!」
「……早く行きましょ」
 この二人についていくと、会話がどんどんずれていく。さっきサリクスを見直したことを優桜はさっさと忘れることにした。
 あの関西弁の人にも良心があるのか、屋敷を出てくる時に黄色いバンダナの男性の一人からここへの道順と、鉱山の管理事務所に寄れば中で必要なものを貸してもらえるということを教えてもらっていた。鉱山の入り口にはほったて小屋があり、中ではこれも黄色のバンダナを腕に巻いた老人が気持ちよさそうに居眠りしていた。この地方の流行りなんだろうかと、優桜はそんなことを考えた。
 サリクスが木製の窓枠を叩いて、相手を起こす。数枚の銀貨と引き替えに、道具の入ったズタ袋と端があちこち破れた鉱山内の地図が貸し出された。
 汚れを避けつつ優桜が地図についていた説明文を読んだところ、元々この山はとある企業の所有する鉱山だったのだが、あらかた掘り尽くされ、メレと呼ばれる価値のないごく小さな石しか出なくなったところで売却され、家族が発掘を楽しむ施設へと方針が転換されたとのことだった。しかし、そんなに人気が出るわけもなく、こうして寂れている。
「聖護石、だっけ? どこにあるんだろう」
「え? ユーサの真なる平和姫パワーでわかんじゃないの?」
 といわれても、そんな力は持っていない。
「えーっ?! あたし、ユーサをアテにしてたのに」
「そうなの?!」
 優桜は目をみはった。
「よしっ、ユーサ今ここで真なる平和姫としての隠された力を目覚めさせるんだ!」
 と言われても、二つ返事でできるものでもない。だいたい、真なる平和姫にどんな能力があるのかも知らない。
「ねえ、真なる平和姫って何か凄い力を持ってるの?」
 メリールウに尋ねると、意外なことにすぐ答えが返ってきた。
「不和姫は破壊。平和姫は再生。平和姫は、歪みを正す力を持ってるよ」
「だから、争いを終わらせた?」
 メリールウはこくりと頷いた。
「でも、あの人はフォルステッドだったから、結局争いは終わらなくって今の世界になっちゃった」
 メリールウの言葉はどこか悲しく響いた。
 内戦を終わらせた英雄は、新たな世界の悲劇を連れてきた。格差という悲劇を。
 そうして今、英雄はフォルステッドという蔑称で、国中から蔑まれている。
 もしも、優桜が彼らの望む『真なる平和姫』を全うすることができたとして、その優桜もまた、次の世界の悲劇を連れてくるのではないのだろうか。一瞬、そんな暗い不安がよぎった。
「ここにいてもはじまらん。とりあえず行くべ」
 ぽんと、サリクスの手が優桜の頭を叩く。
 坑道は整備されていて、崩れてくるような様子は見受けられなかった。岩壁はところとごろ木材で固定さえしてある。地図によると、発掘場所が数カ所に分かれて設けられているらしい。
「ここを回っていけば見つかるかな?」
「あーでも流石にそんな簡単には行かないよなー」
「わー! すっごく声がひびーく!」
 メリールウだけが無邪気にはしゃいでいる。
「メリールウ……」
 呆れてものが言えない状態の優桜と逆に、サリクスは目を輝かせた。
「そうだ、歌だ!」
「え?」
「メリールウ、頼む」
 優桜にはわけがわからなかった言葉の意味を、メリールウは理解したようだった。ぱっと両手を打ち合わせる。
「まっかせて」
 メリールウは二人から離れると、通路の真ん中で両手を広げた。いち、にい、さんとつま先が拍子を取る。
「メリールウ?」
 不思議に思っている優桜の口の前に指を立ててサリクスが黙らせた。そして、メリールウの喉の奥から旋律が流れ出す。どこまでも澄んでいて、それでいて甘い声。小鳥のさえずりのように耳に心地良いメリールウの歌声。
 それは優桜が知っているどの曲とも違うのに、どこか懐かしい音楽だった。
 メリールウの歌が坑内に響くと、今まで岩盤でしかなかった場所が、赤や緑、黄色といった様々な色に輝きはじめた。
「あ……あれ?!」
 優桜が声を出すと、輝きは消えた。
「ユーサ、しゃべっちゃダメだって」
「ごめん」
 メリールウは旋律を途中で途切れさせて、二人のところに戻ってきた。
「サリクス、かしこいねえ! 石が応えてくれたよ」
「ねえ、今の歌は何?」
 どうして、メリールウが歌うと鉱石が反応したのか。
「放浪者の歌。第三番「仲間達よ朝の声に応えよ」だよ」
「なんで歌ったら石が光ったの?」
「呪歌だから」
「ジュカ?」
 この世界の超能力と言えばパワーストーンマスターが広く知られているが、特殊な血を持つ一族に限られた能力、というものも存在する。そちらの能力は古い一族が持つ場合が多く、血が濃いほど強い傾向があるということを、優桜はどこかで読んだことがあった。
「呪歌。歌にのせて、世界中に溢れる力に協力をお願いするの」
「じゃあ、放浪者って……メリールウって、能力者なの?」
「そだよー」
 悪びれる様子もなく、メリールウは頷いた。
「ユーサに言ってなかったっけ?」
「うん。って、そうじゃなくって」
 優桜は驚くと同時に、ウッドがメリールウを手元に置き、こういう場所にも同行させる理由がわかったように思った。
 そこからは話がぐっと簡単になり、三人はメリールウに歌って貰いながら坑道を歩き回った。しかし、赤や黄色の光はいくらでも見つけられるのに、リヴズンの言った虹色の輝きは、坑道のだいぶ奥深くまで入ってもなかなかみつからなかった。
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