桜の雨が降る 2部2章6
「彼女は僕らのところに現れてくれたばかりで、まだ日が浅いのです」
ウッドが口を開き、優桜を擁護する。
「本当にこんなんが幸運の星なんかいな」
リヴズンは胡散臭いものを見る目で、優桜を上から下までじろじろとねめ回した。
「ええ。彼女が『真なる平和姫』であることは保証します。彼女こそ、同じ世界から送られた『偽りの平和姫』の過ちを正し、世界に平等な平和を与える存在」
促されて、優桜は持ち歩いている青い石のペンダントをリヴズンに見せた。これは母がずっと持っていたお守り袋の中身だった。袋自体はどこかに行ってしまったのに、ペンダントだけはなぜか、優桜の手元に残っていたのだ。
「平和姫は石を持つ……確かに伝説の通りやがのぉ」
リヴズンは無遠慮にペンダントを眺め回すと、優桜に放り返した。落とさないように受け取るのに、優桜は体を大きくずらすことになった。そのため、後ろにいたメリールウがリヴズンの視界に映った。
「そっちのあんさんはアレか。『放浪者』かいな!」
「こんにちは。メリールウ・シウダーファレス・ボニトセレソ・ジョ・メリールウです」
メリールウは笑顔でそう挨拶した。
「放浪者っちゅーのはけったいやのう。どこが名前なんかようわからんやないかい。そんなんしとるから滅ぼされてまうんや」
うんざりと怒っているような声音で、それでも彼の目は好色そうにメリールウの豊満な胸を眺めていた。メリールウは笑顔を浮かべたままだ。
「しかし、なんでまた大事な話に放浪者なんざ連れてきよったんや? こいつらババみたいに扱われよるんやで?」
ひどい言い様に、おもわずサリクスが椅子から立ち上がりかけるが、ウッドがそれを制した。
「ご存じの通り、オレたちは、格差がなくなる世界を目指しています。オレたちの理想の世界では当然、放浪者にも格差や差別は与えられません。放浪者だと後ろ指を指されることもない。どんな人に対してもそれは同じです。わかっていただけると思うからこそ、オレは大事な話の時、彼女に同行して貰っています」
どこまでも穏やかな調子の中に、放浪者を見下げるものを非難する響きがあった。
「そうやのー……」
リヴズンはそこで男のひとりに命じ、葉巻を持ってこさせた。スパスパと吸い始める。普通の煙草よりかなり濃い煙に、優桜は咳き込みそうになるのを必死にこらえた。
「グリーンはん。あんさんの言うことはわかるつもりや。けど、わしに将来性のないものに払う銭はこれっぱかしもあらへんのや」
葉巻をたっぷり三本吸ったあとで、リヴズンはそう言った。
「それでは」
「のう、グリーンはん。あんた、博打はやらんのんかい」
質問が変わる。ウッドは一拍置いた後で、カードを少々と答えた。
リヴズンは相好を崩した。
「わしは賭け事が好きでのー。配られたカードに一喜一憂するあの感覚! けど、それ以上に好きなんがこいつらや」
言うと、リヴズンは手を広げて、机の左右に置かれた黒猫の置物を示した。
「猫……ですか?」
「猫ちゃう」
リヴズンが不機嫌そうに唸る。
「こいつらはジャスティンいうて、他国では雌雄二対で幸運を招くいわれる守り神や。こいつをこうてからわしの仕事は、嘘のように順風満帆になった。ジャスティン様様や」
リヴズンは続けた。
「だから、わしは縁起を担ぐ。幸運のついとる相手について行く。条件を出させてもらうかの」
リヴズンはふくよかな顎に手を乗せ、ウッドを呼んだ。
「あんさんにホンマに幸運がついてるか見させてもらいまひょ。そやな、ここにいる男全部にカードで勝ってもらいましょか」
「は?」
思わずサリクスが声を出した。
この場にリヴズンの屋敷の男性は、少なく見積もっても十人以上いる。単純に確率で計算すれば、連勝し続けることは難しくなる。
「はい、喜んで」
ウッドは何の躊躇いもなく言い切った。
「そんで、そこの『真なる平和姫』」
話が自分に向き、優桜は背筋を伸ばした。
「なんでしょうか」
「あんさんには『信頼の証』を取ってきてもらうことにするわ」
「信頼の証……ですか?」
リヴズンは太い指で窓の外を指した。
「その山にな、今はもう廃鉱になったパワーストーンの鉱山があるんや。取れる石はどれも半端なメレばっかやけど、奥の奥まで行くと、ものごっつ稀に虹色の核を宿した『聖護石』が取れるんや」
リヴズンは唇を笑みの形に歪めた。
「聖護石は平和姫のパワーストーンが力を発揮するときの姿によお似とるんやって。だからこの界隈では、聖護石は神サンとの約束の証、信頼の証ーいうて言われる縁起モンや」
「石を取ってくるだけでいいのですか?」
「そや。悪い話ちゃうやろ」
確かに、悪い話ではない。悪い話ではないが、簡単すぎて逆に怖い話である。
「わかりました。お引き受けします」
「ウッド!」
優桜の驚いた言葉に、ウッドは何も返さなかった。
「証書を書いて頂けますか? 確かにオレたちが貴方と約束をしたという証に」
「そういや、あんさん弁護士しとるいうとったなあ。そういう形式なもんはわしは好かん」
「性分でして。そちらにもこちらが約束を違えないという証書になるかと」
ウッドは薄く微笑みながら周囲の男達に紙とペンを借りられないかを聞き、机を借りてあっという間に書類を完成させた。
「オレが全て勝利することと、真なる平和姫が聖護石をリヴズンさんにお贈りすることを条件として協力して頂く、という書面です。よく読んでご納得頂けましたら判を」
「確かに、あんさんが今ゆうた通りの書類やの」
リヴズンは面倒くさそうに拇印を押した。
「じゃあ、『真なる平和姫』。メリールウとサリクスと一緒に出かけてくれ」
「って、そこの二人も一緒とは聞いとらんで!」
リヴズンが声をあげるが、ウッドは涼しい顔だ。
「証書の中には「真なる平和姫ひとりで行かせる」とは書いてませんよ。真なる平和姫から贈られるという内容でご納得頂いたはずです」
「あんさんも結構なタヌキやのお」
リヴズンはぐぐと唸ったが、気分を損ねてはいないようだった。
「大丈夫、なの?」
「だいじょぶだよー」
メリールウが笑顔を見せる。
「三人だからだいじょぶ」
「ウッドは、行かない?」
優桜の目が揺れる。この中でいちばん頼りになるウッドがいなくなるのは、怖い。
ウッドは優桜と目を合わさずに言った。
「オレは今からここで賭博だよ」
そうだった。ウッドもかなりたいへんな条件を背負っているのだった。
「がんばってね」
優桜がそれだけ言うと、ウッドは、ああと頷いた。
「じゃ、俺は両手に花の山登りっつーことで」
サリクスはそう言うと、ウッドにぱちんとウィンクして見せた。
「頼むな。サリクス」
「まっかせなさーい!」
その陽気な自信は、一体どこから来るのだろうか。
サリクスは右腕にメリールウの肩を、左肩に優桜の肩を抱くと部屋から出て行った。優桜はウッドを振り返ろうとしたが、サリクスの手に邪魔されてできなかった。
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