桜の雨が降る 2部2章5
言うと、ウッドは屋敷をぐるりと回り、ノッカーのついた玄関扉を叩いた。中から出てきたのはきっちりとしたシャツを来た若い男性で、なぜか左手首に黄色のバンダナを巻いていた。彼はウッドの素性を聞いてきた。
「エレフセリアのグリーンが来たと、リヴズン氏にお伝え頂けますか?」
ウッドはそう言って名刺を差し出した。
「少々お待ちください」
ウッドから渡された名刺を片手で持ち、男性は一礼して奥へ向かう。その間に優桜は屋敷の玄関を観察してみた。
彼の話のとおり、玄関の四隅には水の入った陶器の鉢が置いてあり、そのうちのひとつに、優桜には金魚にしか見えない赤い小さな魚が泳いでいた。大きな靴箱の上に、西洋風の屋敷には不釣り合いな、墨のようなもので何かが書かれたまじないの札が置かれている。その周辺に、陶器で作られた猫や馬の置物と、八角形の鏡が置いてあった。優桜はいわゆる風水には詳しくないが、これは確かに縁起を担いでいるなというのは感じられた。もっとも優桜の常識がガイアでどこまで通じるかは怪しいものだったが。
やがて戻ってきた男性が「リヴズンがお会い致しますので奥へどうぞ」と四人を屋敷にあげた。奥、というのは本当に奥で、何度廊下の角を曲がったか優桜はついに覚えきれなかった。ウッドは普通に、サリクスは鼻歌交じりでその長い廊下を歩き、メリールウはそこかしこに飾られた調度品を見るたびはしゃいでいた。
「この絵、博物館の広告で見たよ! 外国の昔のやつだねえ」
「ホントだ。買ったら家一軒建つ奴じゃなかったっけ?」
通された部屋は仕事部屋のようで、優桜が見ても高価そうな机と布張りの、背もたれと肘置きがついた椅子が鎮座ましましていた。机の両端にやたらと背の高い黒猫の置物が対で置かれていた。優桜に黒猫に見えただけで、ひょっとしたらガイアの別の生き物かも知れない。黄色く光る石が目のところに嵌められていた。黒い胴は磨き抜かれているのか、つやつやとした光沢を持っていた。
机の前には、いかにも別の部屋から集めてきましたといった様子の椅子が四脚、二列で置かれていた。
「おかけになってお待ちください」
ここまで案内してきた男性はそれだけ言うと、すぐに部屋を出て行ってしまった。相手の布張りの椅子からいちばん離れたところに座ろうとした優桜を、ウッドは前に押し出した。
「お前はここ」
「え、でも」
雰囲気に飲まれ、優桜はややうろたえた。
「失敗したら、なんて考えるな。お前はただ笑って、何か聞かれたら『がんばります』って言ってりゃいいんだよ」
ウッドの表情が厳しい。
「ユーサ! リラックスだよ」
メリールウはいつもと変わらないのびやかな笑顔を見せ、優桜の肩を後ろの席からぱしぱし叩いた。
「うん……」
優桜は頷くと、椅子に腰かけた。持ち歩くことになった剣を膝にあげ、指先が手持ちぶたさに桜色の鞘をたどる。
「なーんか成金って感じだな。置いときゃ金持ちに見えそうなものばっかじゃん」
メリールウの隣にふんぞりかえって座ったサリクスがそう評する。
「そりゃどう見ても成金だしなあ」
これから資金の援助を頼もうという相手に、ウッドは容赦なく毒舌を吐く。舌禍にならなければいいのだが。
そんなことをしていると、先ほどの男性がまた入ってきた。優桜たちがそちらを振り向くと、彼は「まもなくリヴズンが参ります」と一礼した。
ほどなくして、最初の男性と同じ年格好の男性が次々に入ってきた。どの人もみな、左手首に黄色のバンダナを巻いている。何かの主張なのだろうか。
最後に、ひとりだけ黄色のバンダナを頭に巻いた男性が入ってきた。年の頃はウッドよりやや上くらいだろうか。見ただけで高圧さがわかる人物だった。
「あんたがグリーンかぁ?」
「初めまして。エレフセリアを主催しておりますウッド・グリーンです」
ウッドが席を立ったので、慌てて優桜も立ち上がった。
「グリーン……けったいな名前やのぉ」
リヴズンという男性の声は、どういうわけか優桜の耳には関西の方言調に聞こえていた。それは妙に彼に似合っていた。
「ワシは黄色が好きじゃ。他の色は好かん。特に国家と同じ緑はアカン」
リヴズンはじろじろとウッドを眺め回して、その視線は次に隣にいた優桜に向いた。
「あんさんが『真なる平和姫』かぁ?」
言葉を出したらボロが出そうで、優桜はただ頷いた。しかし、それはあまり良い効果とはならなかったらしい。
「覇気のない奴やのー。もっと気ぃ入れんかいな!」
割れた声で怒鳴られ、優桜の体がこわばる。
Copyright (c) 2011 Noda Nohto All rights reserved.
このページにしおりを挟む