桜の雨が降る 2部2章4
「お前の面白いの基準はよくわからんが」
「我らが『真なる平和姫』の初陣と来れば面白いに決まってるっしょ!」
かあっと、優桜の頬に熱がのぼる。
「それじゃ、行きますか」
ウッドは言うと事務所のドアを閉め、階段をひとつ上がった。
「え、どこ行くの?」
ビルを出て交通手段を使うんだと思っていた。初めて入った三階は、二階とほぼ同じ作りだった。二階で言うと事務所の位置にあるドアをウッドが開けて、メリールウに押されるように中に入る。
「何ここ……」
そこは倉庫のようで、床はコンクリートがそのまま剥き出しになっていた。包み紙に包まれたままのものから剥き出しの何かわからない箱までが、それこそ天井近くまで雑多に積まれていた。表の看板に、三階はどう表示されていたっけ?
「ここにはエレフセリア関係のものを置いてるんだ」
今度優桜に整理して貰うかと、ウッドはそんなことを言った。
「ウッド、この包みでよかった?」
優桜を追い抜いて倉庫の奥に入っていたメリールウが、ひと抱えもある紺色の包みを抱いて戻ってきた。
「ルー、俺が持ってやるよ。重いだろソレ」
「ありがと! でもちょっとだから大丈夫」
メリールウはそう言って包みを広げた。紺色の包みの裏地には、銀色で楕円が描かれていた。大きさは優桜の身長くらいはあるだろうか。何となく、学校の発表会で芝居のステージで使う、アルミ箔で作った池を思い出す安っぽさだった。縁にあたる部分にびっしりと文字が書かれているが、優桜には読めなかった。専門用語や俗語が使われているとしたら、優桜にはお手上げなのだ。
包みの中身は意外なほど小さな、カンテラのようなものだった。それは優桜の目には、キャンプ場にあるカンテラに見えた。メリールウはそのカンテラを、はいとウッドに渡した。
「円の中に入ってくれ」
そう言って、ウッドは蓋を開けると、ジーンズのポケットから無造作に出したライターでカンテラに火をつけた。
何の意味があるんだろう。優桜が質問しようとした時、ウッドはもうひとつ、封筒をポケットから出してカンテラの上に乗せた。封筒はたちまち、炎をあげて燃えはじめる。
その次の瞬間、優桜の視界が掠れた。
「え?」
視界だけではない。貧血でも起こしたように頭がぐらつき、たちまち立っていられなくなる。優桜は隣にいたメリールウの、褐色の腕をつかんだが、それでも膝が床につくのはこらえられなかった。たちまち膝に土がつく。
「土?」
倉庫の床は剥き出しのコンクリートだったはずだが。どこから土が来たのだろう。
「ユーサ、だいじょぶ?」
メリールウが手を伸ばして優桜を立ち上がらせてくれた。彼女はご丁寧にしゃがみこみ、ぱたぱたと優桜の膝についた土を払ってくれた。
「ありがと……」
「ホップステップジャンプは、慣れないとふらふらになっちゃうもんね」
「ほっぷ?」
「メリールウが勝手にそう呼んでるんだよ」
ウッドは言うと、ランタンの火を吹き消した。彼の手が取っ手の部分を押すと、どういう仕組みになっているのかランタンは折りたたまれ、携帯電話くらいの大きさになった。ウッドはそれをポケットに戻した。
「それ、何なの?」
「とある工学者が内輪で使うために作った移動装置」
ウッドの説明によると、パワーストーンに一定の手順を与えることで、定められた距離を瞬間移動することができるのだという。ただし、この技術にはかなりの規模のパワーストーン工学の設備と、設備を扱えるだけの熟練した工学の技術を持つ人間が必要で、それは一般ではとても設置できないし、技術者を養成することも難しい。そのため、ガイアでは大衆化されていない。
「そんな貴重なもの、どうやって手に入れたの?」
「んー、強いて言えばコネ?」
貴重なものだからこういう極秘の時にしか使わないんだと、ウッドはそう言って笑った。
優桜はきょろきょろと周囲を見回した。
さっきまで薄暗い、荷物のいっぱい積まれた倉庫にいたのに、ここは青空の下だった。どうやらかなりの高台らしく、眼下に集落が広がっているのが見えた。
集落と反対側に建物があり、どうやら二階建てのその建物はとても大きく、海外のお屋敷のようだと優桜は思った。
「もう大丈夫か?」
ウッドから問われ、優桜ははいと頷いた。頭のぐらつきはいつの間にか消えていた。
「行くか」
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