桜の雨が降る 1部2章5
優桜が連れてこられたのは繁華街から離れたところにあるビルの前だった。他の建物と同じく赤い煉瓦で作られたそこは四階建ての建物で、一階はレストランのような感じの店舗になっていた。看板の字が読めないので、何の店なのか優桜にはわからなかったのだが。
「ここだよー」
「あの、ここどこなんですか?」
走ったことであがってしまった呼吸を整えながら、優桜は尋ねた。
「ウッドのビルだよ」
「建物の名前じゃなくて、地名とか国名とかそっちを知りたいんですけど」
メリールウはきょとんとした顔をした。
「ガイアはガイアだよ?」
「がいあ?」
聞いたことのない名前だ。国名なのか地名なのかはわからないのだが、少なくとも日本でないことははっきりした。
「わかんないこと、みんなウッドに聞いて。ウッドは頭いいから教えてくれる」
あたしは頭足りない子だからと、メリールウはひとり笑った。
では、ウッドというのは人の名前なのだろう。
メリールウはビルの横手にあった螺旋階段を優桜の手を引いたまま昇った。二階の扉からビルの中に入る。すぐのところにドアがあり、優桜の読めない字の看板が掲げられていた。雰囲気からすると何かの事務所のようだった。優桜の両親が駅前で借りている法律事務所によく似ている。
「ウッドー、ユーサ連れてきたよ!」
メリールウはノックもせず扉をあけ、いきなり叫んだ。
連れられて入ったそこは、やはり事務所のようだった。端末の置かれた事務机が並んでいる。机の上は書類でいっぱいだ。壁にかけられた時計は二十二時を回っていた。
「おお、ご苦労さん」
ついたてで仕切られた向こう側から声がする。若い男性のようだった。
「こっちに連れてきてもらっていいか?」
「はーい。ユーサ、こっちだよ」
メリールウに手を引かれてついていく。そこは来客用の応接スペースになっていて、低いテーブルとソファセットが置いてあった。声の主と思われる男性がコップにお茶らしき液体を注いでいるところだった。何より優桜の目をひいたのは、卓の上に美味しそうなサンドイッチが並んでいたことだった。
そこにいた男性はメリールウと同じく外国人だった。ただしメリールウほど奇抜ではなく、金髪の白人。外国人の年はわからないのだが、従兄の明水よりも五歳くらい上だろうか。スーツ姿だったが、先ほどの男性達のような遊び人風のものではなく、きちんとしたものだった。丁寧にネクタイまで締めている。
「ようこそ、優桜。真なる平和姫(トゥルーピーシーズ)」
「え?」
付け足された得体の知れない言葉に、思わず優桜の眉が寄る。
その反応に男性は苦笑いすると、手でソファを示した。
「とりあえず座って。お腹も空いてるんだろうから」
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