桜の雨が降る 1部2章4
「離して下さい!」
「大丈夫だよ。怖くないから」
「嫌です。離して!」
「黙ってればすぐ終わるって」
じたばたと暴れる優桜を、男達がはがいじめにする。男性の、しかも複数の力では優桜は満足に抗うこともできない。竹刀があれば振り回して撃退できたかもしれないが、手元に武器になりそうな物はなかった。
「やだあっ、お母さん!」
「暴れるな!」
唯一動かせた首を振ったら、怖い声で言われて頭を抑えつけられた。うつむいた優桜の頬を涙が滑っていく。
「ほら、とっとと歩け」
そのまま薄暗い路地の方に連れ去られようとした時だった。
「はーいはい、そこまでそこまで」
場にふさわしくない、脳天気な声がしたと思ったら、男達の力が緩んだ。優桜は暴れて男達から距離を取る。その優桜と男達との間に、人影が立った。
「嫌がる女の子を無理強いしちゃダメだよぉ」
優桜より頭半分だけ背の高い人物は、優桜と同じ年頃の少女だった。昔流行ったような小さなTシャツとミニスカートを組み合わせ、至る部分の肌を露出させている。驚いたことにさらされた肌の色は褐色で、背を覆うウェーブのかかった髪に至っては真っ赤だった。鮮やかな、まるで果物のイチゴのような色。現実ではありえない、漫画かアニメのような色の組み合わせだった。手首につけられた金と銀のバングルがかちゃかちゃと鳴っている。
「メリールウ」
「何でお前が出てくるんだよ」
メリールウと呼ばれた赤い髪の少女はにこりと笑うと、優桜を背後にかばった。
「あたし、この子がいるの。だから、帰って?」
説明の言葉は、かなり足りないものだった。男達の顔に嘲りの色が浮かぶ。
「は?」
「なんで上物をお前なんかにかっさらわれなきゃいけないんだよ」
「でもだって、あたしこの子が必要なのよ」
一瞬助かったと思った優桜だったが、状況はどうやら好転していないらしかった。この女性は言葉が足りなさすぎる。
「メリールウ、人の物は奪っちゃいけないっていくらお前でも幼稚園で習ったよな?」
男達はメリールウと知り合いなのだろう。なかば呆れながら、言い含めるように言う。
「うん! 決まってるじゃない」
「だったら邪魔しないでくれ」
「でも、嫌がってる人に無理やりもいけないよね?」
正論を突かれ、男達が押し黙る。
「あたし、サリクスに言っちゃおっかな? サリクスの店の子が連れてくる子は同意取れてない子ばっかだって」
サリクスという単語に、男達が表情をこわばらせた。
「ね、ね。言っちゃってもいい?」
なおも詰め寄るメリールウに、男達は「覚えてろよ」とお決まりのセリフを吐くと足早に去っていった。
「バイバイねー」
片手を腰に当てた状態で、メリールウが手を振る。そのあとで、彼女は優桜を振り返ると笑った。
「だいじょうぶ?」
「ありがとうございました」
優桜は頭を下げた。この少女が助けてくれなかったらどうなっていたか。
少女は優桜の顔かたちを確かめるように見つめ、ぱっと笑顔になった。
「あなた、やっぱりユーサでしょ? ユーサだよね?」
優桜、の発音が微妙に怪しかったのだが、優桜は頷いた。なぜこの少女は自分の名前を知っているのだろう?
メリールウはきゃあっと、手を打って喜んだ。
「やっと見つけた! 仕事終わってからずっと探してたんだけどなかなか見つからなかったんだよー!」
メリールウはそう言うと、優桜に抱きついてきた。そのまま頬に唇が押し当てられる。
「きゃっ?!」
優桜は思わず悲鳴をあげてしまった。メリールウがきょとりと首を傾げる。
「? どうしたの?」
敵意はなさそうなのだが、つい五分前に会った人からこんな行動に出られれば、悲鳴をあげるなというほうがおかしいだろう。
「初対面の挨拶よー。そんな驚かなくっていいのに」
「あの、あなたは?」
「あたし、メリールウだよ。ワンダラー・シウダーファレス・ボニトセレソ・ジョ・メリールウ」
一度では覚えきれないほどの量を言われ、優桜の困惑が増した。
「普通の名前にしたらメリールウ=シウダーファレスだよ」
そう言われても、何が普通なのか優桜にはさっぱりわからなかった。
「でもよかった。ユーサを見つけられて」
「なんであたしを探していたんですか?」
優桜は尋ねたのだが、メリールウは説明しようと口を開きかけたところで固まってしまった。
「あのね、えーっと、エリフセリ……あーとにかく、ウッドが探してるの。なんで探してるかは言えないんだけど、ウッドはとってもユーサを探してる」
そう言ってメリールウは両手を振り回したのだが、優桜には何がどうなっているのか全くもってわからなかった。
「あの?」
「ウッドのところに行こう? ここからそんなに離れてないからすぐ着くよ」
そう言うと、メリールウは優桜の手を引いて男達が去っていったのとは逆方向に走り出した。
「あの、ちょっと?!」
優桜は声をあげたのだが、結局そのまま引きずられるようにして同行することになった。
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