桜の雨が降る 1部2章2
ふわふわと、体が浮く感覚がする。
優桜はぼんやりと目を開けた。
真っ暗な闇の中だった。目を凝らしても何も見えない。こんなに暗いのに寒いわけでもない。感じない。
自分はどうなったのだろう。
確か、柴田から逃れようとして車道に飛び出してしまったのだ。そこに車が突っ込んできた。避けられるわけがなく、車にはじき飛ばされたのだろうか。青い光がいっぱいだった記憶があるが、覚えているのは痛みでも衝撃でもなく、その光だった。
事故で意識不明にでもなっているのだろうか。それても自分は死んだ後で、この暗い場所はいわゆる黄泉路というものなのだろうか。
無性に悲しくなった。この世に未練も執着も山ほどある。
浮かんだ涙を拭おうとして、優桜は自分が手に何かを持っていることに気づいた。
目の高さに掲げて確認する。それは青い石のついたペンダントだった。母が持っていたお守り袋の中身だ。
ペンダントの石は、よく見ると淡く輝いている。
その光の先に、母がいた。
「お母さん?!」
いつもと全く変わらない母だった。何か言いたげな眼差しで、ずっとこっちを見ている。
「……何よ」
優桜は声を尖らせた。
「あたしが死んだの、お母さんのせいだからね。お母さんのせいでヘンな人に絡まれて、車道に飛び出したんだから!」
母はひどく悲しげな顔をしていたが、優桜の言葉は止まらない。
「ねえ、なんで人殺しなんかしたの? なんで自分がしたんですって償わないで、被害者のフリしたの? なんでそんな浅ましいことができたのよ?!
お母さん、最低だよ! そんな人だったなんて思わなかった!」
『償いたかったの……』
母の声は消えてしまいそうに細かった。
「そんなの、勝手よ!」
優桜にばっさりと言い切られ、母は目を伏せた。
『優ちゃん、わかって』
「わかんない!」
『優ちゃんにも、わかる時がくるから』
「くるわけないじゃない。あたし、死んじゃったんだからね!」
『まだ終わらないのよ……』
謎めいた母の物言いに、優桜は母を見返した。
母の後ろに、人がいるように見えた。母よりずっと小柄で、ずっと年かさの人物。
その人物が口を開いた。
『ごめんなさいね。優桜ちゃん』
「誰ですか?」
女だ。壮年と呼ぶには年を取りすぎていて、高年と呼ぶにはまだ若い。顔に見覚えがあるような、ないような。どこかで見た気がするのに思い出せない。
『血は争えないとでもいうのかしら。こんなところばかり似なくてもいいのにね』
ふっと、優桜の体に感覚が戻った。
ジェットコースターに乗って、いちばん上から落下する時のような感じがする。内蔵をてっぺんに置き忘れ、そのまま落ちていくあの時のような。
違うのはその感覚がいつまで経っても終わらないということだ。
悲鳴をあげる優桜を、母が悲しげに見つめていた。その瞳を見返しながら、いつの間にか優桜は気を失った。
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