桜の雨が降る 1部2章1

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  2.真と偽りの平和姫  

 病院の近くだったこともあり、急ブレーキの音にすぐに人が集まってきた。
「事故ですか?」
 集まってきたなかのうちの一人が尋ねた。
「いや、それが……」
 男性が真っ青な顔のまま、救いを求めるように明水を見る。明水も口を開いた。
「僕の従妹がこの車の前に飛び出したんです。でも、消えてしまって」
「は?」
 この反応は当然だろう。飛び出した本人はあとかたもなく消えてしまっているのだから。
「猫か何かと間違えたんじゃないんですか?」
「違います。ユウ……ユウは?」
 どこかに撥ね飛ばされたわけでもないのに、人間がひとり綺麗に消えてしまっている。こんなことがありえるのだろうか。
「やっぱり。今度はどんな手を使ったんだい?」
 野次馬の中から、灰色のコートの男――柴田が人をかき分けて出てきた。懐からデジカメを取り出し、持ち主の許可なく車を撮影する。
「でておいで、優桜ちゃん。どんな奇想天外な手で罪を逃れようとしてるんだい?」
「あんた、ユウに何をしたんだよ!」
 明水はひったくるようにして撮影を止めさせ、柴田につかみかかった。
 柴田は不愉快そうに眉を寄せた。
「アンタ、誰だよ」
「ユウの従兄だ! ユウはあんたから逃げようとして道路に飛び出したんだぞ!」
「イトコ……じゃ、深川結女の甥ってわけか。それじゃあ罪は隠したいよな」
 柴田の唇が歪む。
「アンタの敬愛するおばさんと同じだよ。不思議な不愉快極まりない手で罪を逃れる。あんたらは偽善者だ! とほうもないおおぼらふきだ!」
 言って、柴田は狂ったように笑い出した。
 いつの間にか、警察のサイレンが聞こえていた。誰かが警察を呼んだのだろう。
 どうしようもなく困っていた明水の手から、警官が柴田を受け取った。
「あの……?」
「近隣から苦情が出てました。病院の回りを得体の知れない男がうろうろしていると」
 その後、調査が行われたのだが、優桜はどこにもいなかった。そのため事故は、警察に運転者の不注意による未遂の事故として片付けられてしまった。
 自分だけなら、優桜が飛び出したのが錯覚だったと思っただろう。しかし、柴田も、車の男性も確かに優桜が飛び出したと言っている。錯覚ではありえなかった。
 警察から出てすぐ優桜の携帯電話にかけてみたのだが、電源が切られているか電波の届かないところ、というお決まりの言葉が返ってきただけだった。
(ユウ……どこに行ったんだ?)
 明水はさっきから持ったままだった、キルトのお守り袋を握りしめた。
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