桜の雨が降る 1部1章7
家に帰ると、優桜は母の部屋に置かれているパソコンの電源を入れた。
震える手で、検索サイトに母の名前を旧姓で入れてみる。
一秒も待たずに結果が返ってきた。結果は百万件という信じられない数で、画像もすぐに出てきた。間違いなく、アルバムで見たのと同じ母の若い頃の写真だった。
母がタレントであったこと、それも売れっ子の人気者だったことは間違いないようだった。出演していたテレビ番組の数は、スクロールバーを動かしても数え切れないものだった。
母、結女が芸能界入りしたのは、わずか七歳の時。そこそこ売れているといった部類だったのだが、大学に進学が決まったことをきっかけに一躍時の人となったようだった。ところが、大学一年の秋に叔母の事件が起こり、十ヶ月後、叔母が亡くなってから芸能一直線だった活動内容が変わる。ストーカー被害撲滅に代表される犯罪被害者の集会に多く出席するようになり、その三年後に芸能界を引退。司法試験に挑戦し、弁護士となった。芸能界を引退した後の情報はぐんと少なくなるが、一般男性と結婚して一子を設けたことは簡単に調べられた。
「本当のことだったんだ」
優桜は力なく呟いた。
あのライターが言っていたことは本当で、母は芸能人だった。
それなら、母の妹殺しのことも本当なのだろうか。
「叔母さんの名前、絵麻だよね」
思いたって、優桜は叔母の名前を検索してみた。母ほどではないがそれでも三分の二は検索結果に出てきた。
人気タレント、深川結女の妹。享年十七歳。
優秀な姉と正反対の不良少女だったようである。姉妹の育ての親代わりだった祖母――優桜の曾祖母が亡くなった時、結女は泣き崩れたのに涙ひとつ見せないどころか葬儀に出席せず遊び回っていたそうだ。故人であるせいか顔写真も出てきたが、優桜の母とは全然似ていない、ごく普通の少女だった。優桜の予想に反して無害そうな顔立ちで、むしろおとなしいとさえいえる印象だ。髪を染めてさえいない。おとなしそうな人ほど怖いっていうもんなと、優桜はそんなことを考えた。
十六歳の秋にストーカー事件に巻き込まれて意識不明の重体に陥り、十ヶ月後に心不全で世を去った。この件に関しては、祖母をないがしろにしたバチがあたったのだと、インターネットでは散々な書かれ方をしていた。
やはり、優桜が聞いていたとおり、ストーカー事件に巻き込まれたことが原因で亡くなったようだった。母を狙っていたストーカーは結局捕まらず、現在では既に時効が成立している。
けれど、その証言は全て優桜の母からのみ出たもののようだった。玄関で倒れていた叔母を最初に発見したのも母である。
もしも、もしも母が偽装したんだとしたら?
母は倒れながら、妹に謝っていたという。巻き添えにしてしまった後悔と考えるのが普通なのだが、もしも――母が殺していたんだとしたら?
優桜の中に、暗い疑念が持ち上がった。
「優桜? 夕ご飯食べないのか?」
ドアが開いて、父が顔を出した。相変わらず元気はないのだが、それを気に留める余裕をこの時の優桜は持ち合わせていなかった。
「お父さん」
「? 優桜、どうした?」
不思議そうな父に、優桜は真っ直ぐ自分の疑問をぶつけた。
「お母さんって、叔母さんを殺したの?」
冗談だと笑い飛ばして欲しかった。突然何を言い出すんだと、叱って欲しかった。
しかし、父はみるみる顔色を変えると、両手で優桜の肩をつかんだ。
「誰に聞いたのかは知らないが、母さんには事情があったんだ!」
見上げた父の目はひどく真剣だった。どう見ても、冗談だとは思えなかった。
これは、真実なのだ。
「本当なのね……本当に、お母さんは叔母さんを殺したのね!」
「優桜、何があったんだ? 一体誰からその話を」
優桜は激しく首を振ると、父を部屋の外に突き飛ばした。
「優桜!」
父が続きを言う前に、ドアに体当たりして鍵をかけてしまう。そのまま、優桜はドアにもたれるようにして崩れ落ちた。
現実を振り払うように、何度も首を振る。黒髪が奔流となって跳ね、頬を打った。
けれど、心に広がった闇は消えない。
お母さんは人殺しだったんだ。
優しくて頭が良くて、頼りになる理想の母。けれど、それは本当ではなかったのだ。利己的な理由で実の妹を手にかけ、裁きさえ受けなかった殺人者。
そう考えたら、涙が溢れてきた。もう病院の時のように抑えようとは思わなかった。
「いやああああ……!」
優桜の悲鳴のような泣き声が家に響いた。
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