Love&Place------1部4章4

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 翔は黒い霧を突破しようと躍起になっていた。
 確かに自分の力包石の能力は弱い。それでも、短時間なら退けることはできるのだし、その短時間があれば絵麻を救えるはずだ。
 何度も雷撃をぶつけて、全体に効かないとわかれば一点に集中させ、必死に能力を使ったが、いつもなら瞬間的にでも霧散させられるはずのトゥレラの霧をゆらがせることさえできなかった。
 理由はわかっていた。トゥレラが絵麻の中の血星石を吸い取ったのを翔は自身の目で見ていた。このトゥレラは通常の個体よりはるかに強化されている。突破できるはずがない。突破できたとしてもそこにいるのは翔では相手にできない怪物だ。
 リリィを連れて逃げ、信也たちに託すのが最善の対策だ。翔が絵麻を助けようとすることで、リリィを巻き添えにしてしまう。リリィがそれについて怒らないことはわかっているが、信也たちに被害が及ぶ。
 自分はこんなにも前後の見境がなくなる人間だったのか。人工的かつ論理的に作られているのが売り出し文句の定型文ではなかったか。
「こんな奴にパワーストーン工学者の称号なんて与えちゃダメでしょうに」
 翔は自嘲気味に笑った。この前から失態ばかり晒している。それならどれだけ今の行為が無意味でも、やってくる結末は同じではないか。
 もう一度雷撃を撃とうとした時、強固だった闇が内側から爆発した。目を焼くような青い光が飛び出してきて、翔はとっさに腕に顔を伏せた。
 光は先ほどと同じく唐突に消え、翔は顔を上げた。さっきまで広がっていた闇は嘘のようにかき消えていて、トゥレラもいなくなっていた。そこかしこに女の子たちが倒れていた。全員が無事な様子だった。トゥレラに襲われて中身を吸い出されたはずなのに。
 光の中心だったと思われる場所に、絵麻が座り込んでいた。彼女も傷ひとつない。両手の中にペンダントを掲げ、それを見つめて驚いたように丸い目をぱちぱちさせている。
「絵麻!」
 翔が呼ぶと、彼女は翔のほうに顔を上げた。
「翔……」
 自分の名前を呼んだ唇が笑みの形になったのを見て、翔は安堵の息を吐いた。

*****

 立て続けにいろんなことが起こった。
 翔より先に、目を覚ましたリリィが絵麻に抱きついてきた。そこに信也たちが駆けつけ、信也は翔を怒鳴りつけてだいたいの状況を聞き出すと「説教は後」と締めて事態の収束に動き出した。この時にはリョウと、さっき帰ってきた他の三人が手分けして女の子たちの状態の把握のため忙しく立ち働いていて、バンダナの少年が通信機のような物でどこかに連絡していたかと思うと、少しの後にカーキ色の制服を来た一団が現れて、その頃には少しずつ正気に返り始めていた女の子たちを連れて行った。女の子たちが全て連れて行かれると、信也はがつんと翔の頭に拳骨をくわせた。結構ひどい音がした。
「いったた……少しは手加減してよ。商売道具なんだから」
「ボケた判断ばっかするような商売道具ならいらん!」
「出た出た、信也の十八番・鉄拳制裁」
「あれ見た目より痛いんだよな」
 少年たち二人が隅の方でそんな話をしているのが絵麻にも聞こえた。
「絵麻、リリィ、大丈夫?!」
 最後まで残っていたカーキ色の服の男性との話を終えると、リョウは真っ先に絵麻とリリィのところに駆け寄ってきた。
「すぐに看られなくてごめんね。怪我をしていない?」
「わたしは大丈夫。リリィは?」
 リリィははっきりと首を横に振った。
「嘘。足首に怪我してるんじゃないの?」
 リリィがぎくりとしたように表情を硬くし、リョウが隣で苦笑いする。
「それは元からねえ」
「え?!」
「絵麻、あなたその……突き飛ばしたでしょ?」
 今度は絵麻がぎくりとするばんだった。確かに突き飛ばしている。椅子の下敷きにもした。
「リリィ、ごめんね」
 この謝罪について、近くで聞こえていたはずの信也はまったく怒らなかった。
 リリィはふるふると首を振った。唇が動いていたが、それは絵麻にはわからなかった。わかりたいと初めて思った。
「翔が機械を持って行ってしまうし、哉人が持ってたほうで追いかけたんだけど、途中で血星石が反応しなくなってわからなくなってしまったのよ。とりかえしのつかないことになってたらどうしようかと」
 リョウはそう言いながら、絵麻とリリィを一緒に自分の腕の中に抱きしめた。
「何で反応が消えたんだ?」
「絵麻の中の血星石をトゥレラが吸い出したから、だと思う」
「そんなんアリ?」
「少なくとも、僕が見たのはそれで全部」
 翔はそう言いながら、機械を出すと絵麻に近づけた。もうあのアラーム音が鳴ることはなかった。
 絵麻はずっと手の中に握りしめていたペンダントに目を落とした。そして思わず「あっ」と声をあげた。
「何? 絵麻、どうしたの?」
「ペンダントが……」
 絵麻は覗き込んできた翔に見えるようにペンダントを掲げた。
 絵麻の顔が映りそうなほどつややかに磨き上げられていた群青色の表面に、びっしりと赤錆が浮いていた。
「? なんで?」
 絵麻は首を振った。錆びるようなことは何一つしていない。青い閃光がこのペンダントから飛び出したのは覚えているのだが、力を使い切ってしまったのだろうか。
 絵麻がそれを伝えると、翔は首を捻った。
「確かに力包石のエネルギーを使い切ればそんな状態にはなるけれど、瞬間的に使い切るのはありえないはず」
「トゥレラに襲われた子が無事に帰ってくるってこともありえないしな。本当に何があったんだ?」
 絵麻はペンダントから閃光が放たれる直前、祖母の声を聞いた気がしたのを思い出した。
(――あなたの役目を果たしなさい)
 祖母が言っていた「役目」とはトゥレラを倒し、救われるはずのなかった女の子たちを助けることだったのだろうか。
「とにかく、無事でよかったよ」
 信也がそこでようやく肩の荷をおろしたというように笑った。お疲れ様、とリョウが言う。
「報告書とか翔に全部任すから、今日中に出せよ」
「ええっ?!」
「反論できると思ってる?」
 思ってないです、と翔が言った。あまりにしょげきっていたのがおかしくて、どこからともなく笑う声が聞こえてきた。絵麻自身も笑っていた。
 がんばれてよかった。素直にそう思えた。
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