Love&Place------1部3章3

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「絵麻の血星石化が早くなってる?」
 翔にそう報告され、信也とリョウはそれぞれ翔を見返した。
 翔は心なしか肩を落としていた。リリィも同様に元気がない。翔が信也とリョウに渡した機械には、力包石の力を測定した結果が表示されていた。
 数字は赤く点滅している。危険域である証拠だ。
「どういうこと? 単純に体の中に血星石が入って同化してるだけなんじゃないの?」
 翔は首を振った。
「はっきりとした原因はわからないんだけど、まるで絵麻の生きる力を吸い取ってるみたいに血星石の力が急速に増してるんだ。力包石の主が能力を使いすぎた場合に起こる廃人化現象って症例と少し似てる」
 翔はそう言って、傍らに置いていた本の間から書類を抜き出して二人に渡した。
 力包石の主がどのようにして能力を引き出しているかは、概ね『精神力』であるとされている。このため、能力を使いすぎた場合には精神的な被害を受け、体調を崩すことがある。正常な神経を失った前例もあり、そのため『廃人化現象』と呼ばれるようになった。
 絵麻が力包石の主かどうかは不明なのだが、血星石に生命維持に必要な力を吸い取られているのは廃人化とよく似ていた。
「廃人化と同じなら、僕だけでは対処が……」
 翔は天井を――おそらく絵麻が眠っている階上を見上げた。
 絵麻は昼間に倒れてから目を覚まさなかった。最初は翔がソファに運び、リリィと交代で看ていたのだが、帰宅したリョウが深く眠っているだけで問題ないと診断してくれたので信也と協力して絵麻に貸している部屋まで運び、寝かせてきた。そこから本と首っ引きで調べたが、解決法が見つからない。
「翔。本当にもうここで打つ手はないんだな?」
 翔は肯定したくなかった。自分の失態を部隊に報告することになる。でも、事実を隠したい理由はそれだけじゃない。
「平和部隊に頼んで力包石の研究所に絵麻を預けよう」
 信也は一瞬だけ、苦いものを飲むように顔を歪めたが、すぐ表情を元に戻した。こげ茶色の瞳が先ほどより暗く陰っている。
「待って。絵麻はこの世界のことが何もわからないんだよ? 部隊に報告したら」
「俺たちで戸惑わない程度には教えてやれた。絵麻だってどんどん自分から動けるようになってきてる。力包石が言葉を訳してくれているってわかったんなら、あの子が石を手放さないようにすれば言葉で不自由することもない」
 自分たちと一緒にいるより、研究施設にいた方がお互いに安全だろう。絵麻には言っていないが、自分たちは臨時隊員というだけではない。戦火を知らない少女を危険に晒すことになる。
「だけど、研究所になんて入れられたら、絵麻は一生出てこられなくなってしまうよ! 格好の研究サンプルだもの。身寄りがなければ助けてもらえない」
 信也の言いたいことはわかる。けれど、翔にも言い分がある。
「俺たちが絵麻を知っているよ。総帥に後ろに入ってもらうことだってできる。そんな酷いことにさせるわけないだろ」
「総帥にって」
 信也にはわからないんだよ。翔はそう反論しようとしたが、それより先に信也が口を開いた。
「翔。お前さ、結局のところ自分の保身で考えてないか?」
「……っ」
 唐突に言われた抉るような言葉に、翔は口をつぐんだ。
「俺だって報告なんかしたくないよ。このまま握りつぶして何もなかったことにしたい。絵麻を巻き込んだのはお前だけど、そういう状況にお前を行かせたのは俺だから」
「そんなのわかってるよ。僕は絵麻のためを思って」
「絵麻のため……って、ねえ、自分が力包石になってしまう可能性を隠されて生きることは、本当に『絵麻のため』なの?」
 そう口を挟んだのはリョウだった。
「確かに、実験体なんて嫌に決まってるわ。けど、そう扱われたとしても生き延びられるかも知れない。選ぶのは絵麻よ。自分の命を選べないなんて酷すぎる」
 リョウからもそう言われてしまえば、翔にもう反論の余地は残されていなかった。翔は唇を噛むようにして押し黙った。そうしないと、言ってはいけない言葉が口をつくような気がして。
「総帥に話が通るように手配する。いいな?」
「……わかったよ」
 翔は俯いたままだったが、同意を示した。
「でも、一日だけ時間が欲しい。研究所に提出する資料を作るから」
 翔の提案には誰も反対しなかった。
 そのあとで夕食を作った。絵麻がいなかったのでいつもと同じ夕食になったが、なぜか翔にはひどく味気ないものに思えて仕方なかった。絵麻の作る食事はたった一度食べたきりだったのに。
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