Love&Place------1部3章1

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3章 力包石と偽り

 翌朝、絵麻は頑張って前の日より早く起きた。部屋に時計がなく、携帯電話もないので目覚ましになるものがなくひやひやしたのだが、それが逆に功を奏したのか目を覚ますことができた。
 制服はたたんで机の上に乗せておいたので、絵麻はリリィから借りた寝間着を脱ぐと制服に着替えた。相変わらず、シャツの第一ボタンが留められない。どれだけがんばっても息苦しさと恐怖感を堪えきれなくなる。仕方なく今日も諦めてブレザーを着た。スカートのポケットに入れていたペンダントの位置が悪かったのか足に当たったので、ブレザーの胸ポケットに入れ直してから絵麻は台所に下りた。まだ誰も起きてきていなかった。
 絵麻はまず台所と居間の窓を開けて空気を入れ換えた。緑がすぐ近くにあるからか、風が吹いてくるだけで気持ちがいい。人数分のカップを出すと、パンを切って、鍋を覗くと昨夜のスープが少しだが残っていたため、材料を少し足して朝食用のスープにした。
 たったそれだけのことだったのだが、翔たちはとても喜んでくれた。
「え、これ昨夜のスープなの? 新しく作ったのかと思った」
「余らせてしまうと勿体無いから、たまごを落としてみたんだけど」
「味の調節って難しいのよね」
「ありがとう。美味しいよ」
 今日は信也とリョウが仕事に出かけていった。翔は絵麻に「外に出なければ何をしても構わないから」と昨日の信也と全く同じ注意をした。
「どうして外に出たらいけないの?」
 窓を開けたからわかるのだが、ここは森と緑に囲まれた場所で空気がとても気持ちいい。慣れてきたせいもあるのだが、少し外を歩いてみたいと思ったのだ。
「危ないから」
「……森が?」
 翔が困ったように笑う。
「昨日言ったでしょう? 闇偶人や闇傀儡はどこにでも現れる。絵麻くらいの女の子だったら頭からばりっと食べられてしまうよ」
「そうなの?」
「そうなの」
 翔がこの話はおしまい、とばかりに席を立ったので、絵麻は皿洗いに戻った。手早く洗って、カラになった鍋を片付け、開けていた窓を閉めた。
 今日も掃除をすることにして、絵麻は掃除用具を取りに行った。掃除機が使えると聞いたのだが、使い方がよくわからない。迷ったのだが、絵麻は翔に使い方を聞いてみることにした。翔は居間で分厚い難しそうな本を読んでいたが、中断されても嫌な顔をせず教えてくれた。
「ここがスイッチで、そっちのレバーで強弱を切り替えられるんだ。カーペット用の噴射ノズルは物置に入ってたと思うんだけど」
「カーペット用?」
 聞いてみると、ガイアは家の中でも靴を脱がない生活様式が一般的なのだという。夜間に急な襲撃があった場合に逃げやすいから、という実用的な理由があるようだった。
「でも、外と同じ靴で生活すると、靴脱ぎでいくら落としても泥は持ち込んでしまうし、特にカーペットは泥で汚れるからね。専用の特別なノズルがあるんだよ」
 使って掃除をしたいと思ったのだが、他の家具を外したりと手間がかかるとのことだったので、今日は諦めることにした。翔が居間で本を広げていたので、まずは台所と、続いて玄関に掃除機をかけた。コードレスの掃除機があるのは絵麻も知っていたが使ったことはなく、コードが足りなくなるたびあちこちのコンセントにつなぎかえていた手間がないのは相当便利だった。業務用と呼べるほど大きな掃除機なのに絵麻が普段使っている物より軽いくらいで、これも動力の違いによる物なのだろうか。見た目は同じなのに使ってみると物凄い差があった。
 新しい雑巾のある場所も聞いたので、絵麻は掃除機を使い終えると居間の本棚や玄関の百合の絵の額縁についた埃をはらった。動いているうちに暑くなってきたので、一度ブレザーを台所の椅子の背にかけに行く。
 雑巾を絞っていると人の気配がして、絵麻が顔を上げてみるとリリィが立っていた。いつも肩にかけていた淡い緑色のショールを、彼女は今日身につけていなかった。
 リリィは絵麻の手の中の雑巾を指し、自分を指した。
「え?」
 リリィが何かを自分に言いたいのはわかるが、それを受け止められない。
 彼女は自分の右肩を、何度も自分で指した。続いて。両手で何かを絞るような仕草をすると、右手を左右に振った。雑巾を絞って掃除をする仕草に見えた。
「……手伝うって言ってくれてるの?」
 絵麻の声に、リリィの表情がいぶかしげに曇った。
「違う?」
 リリィはみるみる困惑した顔になると、身を翻して居間に駆け込んだ。
「え……」
 嫌われてしまったのだろうか。
 そうだよねと、絵麻は自嘲する。姉のように綺麗な人が、自分を良く思ってくれるはずがない。さっきのだってきっと、自分の部屋を掃除しろということだったのだろう。
 絵麻が雑巾を絞っていると、リリィが翔を伴って戻ってきた。
「あの、ごめんなさい。すぐに掃除をしますから」
 リリィは「ほら」と言いたげに翔を見て、翔もさっきのリリィと同じようにみるみるうちに困惑した顔つきになった。
「翔?」
 翔は何か英語めいた言葉を話すと、絵麻の肩をつかんできた。
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