Love&Place------1部1章4

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 絵麻の高校では一学期に体育祭が、二学期に文化祭が行われる。
 今日は文化祭の出し物を決めるホームルームが組まれていて、委員の生徒が二人、教壇に立っていた。体育館のステージを使った演目は三学年が優先、飲食の屋台は各学年二クラスのみで全員に事前の検査と保健教諭による衛生指導の受講が必要、他のクラス及び部活動と出し物が被った場合はくじびきによる抽選で決定、準備期間で学校に居残る場合はその日の昼休みまでに文化祭委員会への報告が必要……と、聞いているだけでややこしそうなルールの数々に、クラス中から不平不満が爆発した。
「えー、何それ面倒くさい」
「東中はそんなルールなかったよ?」
「演劇やりたくても三年が優先って何様だよ」
 昨年の文化祭で目に余る行為があったらしく、今年から制限が強くなったと委員が説明したが文句はおさまるどころか余計ひどくなった。去年は在籍していない一学年だからだろうか。もっとも不平の意味するところは「文化祭の準備をするなら遊びたいし、文化祭当日もレベルの低い学校では恥ずかしいから他の学校の文化祭に遊びに行きたい」ということのようだった。
 自分の席でその話を聞いていた絵麻には不思議で仕方なかった。みんな友達がいて、楽しそうに学校に通っているのに、何が不満なんだろう。確かに時間を削って準備をするのは面倒かも知れないが、ひとりでやるわけではないのだし。
 そんなことを言えるわけもないので、絵麻はいつものように黙ってホームルームの成り行きを見ていた。自分の意見が求められることなんてないのだし、挙手か投票になるのだろうから、いちばん多いであろう意見にそっと紛れ込んでおけば目立たずにいられる。姉から悪目立ちをするなときつく言われている絵麻がいちばん気をつけるのはそこだった。
 ところが、思いがけないところから絵麻に発言の機会が巡ってくることになった。
「要するにさ、他のクラスと被らないで、準備も当日も楽で、お客が集まればいいんでしょ?」
 文句がひととおり出揃ったところで、クラスの後ろの方の席にいた女子生徒が投げるようにして発言した。石川という生徒だ。
 茶髪と呼ぶにはかなり明るくブリーチした髪と、花を象った真紅のピアスが目を引く。外見と同じく派手なことが好きな性格のようで、夏休みに東京を歩いていた時、ある雑誌から声をかけられて街頭モデルとして誌面を飾ったらしい。その話と同じ頃から、絵麻に「お姉さんに会わせて」「次のドラマの撮影はどこでやるのか教えて」などと絡んでくるようになったため、「芸能界デビューを狙っている」という彼女の噂は案外事実なのかも知れないなと絵麻は思っている。彼女が思うほど素晴らしい世界ではないのに。
「は? そんなんできるわけないだろ」
「石川、お前頭沸いてるんじゃねーの?」
 ご丁寧に頭の後ろで指を回した男子生徒を睨め付けてから、石川は鼻を鳴らすと後ろの席にいた絵麻を振り返った。
「うちのクラスには深川さんがいるんだから大丈夫よ。ね?」
「わたし?」
 驚きで思わず声が出てしまった。その時の驚きなど、次に来る衝撃と比べたら対したことなどなかったのだが。
「深川さんに頼んで芸能人のサインの展示会をやったらいいと思います!」
(……?!)
 一瞬、何を言われているのかよくわからなかった。
「あーそっか。深川って結女ちゃんの妹なんだっけ」
「妹ってかさ、愚妹?」
「サインいっぱいもってるんだよね。羨ましー」
 周囲でざわめくクラスメイトの声で、絵麻はようやく自分の置かれた状況を飲み込んだ。要するに彼女は、絵麻が持っている芸能人のサインを集めて展示すればいいと言っているのだ。確かに準備はいらないし、当日も数人が見ていればいいだけだし、他のクラスと被らず客が集まる。他校に自慢だってできるだろう。
 展示物が実在すればの話だが。
「わたし、サインなんて持ってないです!」
 確かに「深川は人気芸能人のサインを壁一面に飾れるほど持っているらしい」という噂があるのは知っているが、事実なわけがない。
「深川さんっていつもそうやって逃げるよね。アタシが個人的に頼むのはともかくとしてさあ、クラスの行事だよ? 一年の、このクラスでやる文化祭は一回だけだよ? クラスの役に立つことだよ? なにが嫌なの?」
 石川は呆れるような、蔑むような声を出した。
「そんなこと言われても……」
 確かに、石川のいうことはもっともだろう。絵麻だってクラスの役に立ちたくないわけがない。それでも、ないものをあるとは言えない。
 その時、ホームルームの終了を告げるチャイムがなった。周囲のクラスは意見がまとまっていたようで、廊下がざわざわしはじめる。
「あー、他のクラスもう帰り始めてるよ」
 廊下側の席の生徒の声をきっかけに、教室の中の生徒達がまた騒ぎ出した。
「あたし今日バイトなのにー」
「深川、さっさと引き受けろよ」
「クラスにまで迷惑かけてんじゃねえよ」
「深川さん」
 委員に呼ばれて、絵麻は教卓の方を見た。
 顔には早く終わらせたいと、ありありと書いてあった。こいつが引き受ければ面倒もなく全部終わるのに、と。
「考えてもらうだけいいですか。返事はまた後で」
 その言葉をきっかけに、クラスメイト達は帰り支度を始めた。
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