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 宿に残る信也とリョウに見送られて、6人は山の手の屋敷に続く道を歩き始
めた。
 月明かりがあるとはいえ、暗い道で勾配が結構きつい。
 後ろ暗いことをしている場所に続く道だから街灯もなく、手入れもされてい
ないのだろう。石がごろごろしていて転びそうだ。
「絵麻、足元気をつけてね」
「うん」
「なあ、どのくらい距離あるんだ?」
 大きな石を避けた拍子に若干バランスを崩したらしいシエルが、やや不機嫌
そうに言う。
「そうだね。事前の資料だと15分だったけど、この暗さだし倍かかるって考え
ていいんじゃないかな」
「げ」
 その翔の読みは正確で、屋敷まではかなり歩くことになった。目的が目的な
ので正門には回れないため、途中からさらに急勾配の裏道に回った。正門の裏
にあたる壁のところについた時には全員が疲れていた。
「なんか久しぶりに運動した気がする……」
「同調してこれなんだから凄いよな」
「ねえ、どうやって入るの?」
 アテネが高い外壁を見上げ、手でぺたぺたと手近な部分を触っている。
「上からかなあ……でも、結構あるよね」
 翔も見上げるが、壁は少なく見積もっても5メートル以上の高さがある。慣
れている哉人やシエルはともかくとして、絵麻とアテネにはきついかもしれな
い。
「哉人、いけると思う?」
「この前絵麻はこれより低い壁でもう駄目だったけど」
「……」
 しゅんとうつむいてしまった絵麻の頭をリリィがなぐさめるように撫ぜてく
れる。
「唯美がいないってたいへんだなー……」
「誰がいなくてもたいへんだよ」
 ぼやいた翔に、絵麻は言った。仕事のことも当然あるけど、誰か1人いない
だけでももう自分は寂しいから。
 翔も、絵麻のそんな思いがわかったのだろう。
「そうだね」
 静かに笑うと、彼は哉人と相談して壁を登る手立てを整えた。翔が絵麻を、
アテネを哉人がフォローして侵入する事に成功した。
 哉人が昔取った杵柄で、屋敷の窓を上手く破ってそこから入り込む。テレビ
の防犯特集で見たような手口に絵麻は思わず感心してしまった。
「ホントに出来る人っているんだ……」
「すごいねー」
 アテネもにこにこ感心している。彼女は何とも緊張感がない。流石に哉人が
注意した。
「ここから気合入れろよ。遊びじゃねえんだから」
 薄暗い古城の、煉瓦造りの廊下。花や絵画が飾られているような印象がある
のだが、そんなことはなく実用的なものだった。
「何か殺風景と言うか……」
 ふと横を見ると、リリィがきょろきょろと不思議そうに辺りを見回していた。
「リリィもそう思う?」
 絵麻が尋ねると、リリィは曖昧に微笑んだ。
 地図を見てみると、そこは1階だった。ここからもう少し裏手に行ったとこ
ろに地下への隠し階段があり、そこの錠前を破壊したら絵麻たち4人は退却。
翔とリリィはそれぞれ屋敷の中をターゲットであるマーチス将軍を探し、見つ
けたほうが暗殺する。完了したら連絡をとって別々に退却。何事もなかったよ
うに宿に戻って、怪しまれないため翌日チェックアウトを済ませてから戻り玉
で帰る。後は北部PCに情報をリークすれば軟禁されている娘たちも保護され
るだろう。
「じゃ、ミッション開始ということで」
 翔がそういい、6人はそれぞれの行動を取ろうとしたのだが。
 その時ふいに、絵麻の目の前に今とは全く別の光景が映った。

 それは夜。
 藍色の星月夜。光が散り始めた若い桜の木をぼんやりと照らし出している。
 それは懐かしい光景――亡くなった祖母、舞由の家の庭だった。
(お祖母ちゃんの家……)
 記憶の中と全く変わらない。去年植えた桜の若木があって、春休みに祖母と
種蒔きした花壇と家庭菜園がある。いろいろな園芸用品を納めたケースが乗っ
た縁側。よく日のあたるこの場所で、絵麻は何度も祖母にお話をねだったのだ。
 と、ガラス戸が開き、縁側に人が出てきた。
 生前の舞由だった。
 彼女は裸足で庭に降り、月を見上げる。
 何かを言っていたのだが、その声は聞こえなかった。
 居間にあった振り子時計の時を告げる音が響く。
 その音ははっきりと絵麻に聞こえた。その瞬間だった。

 祖母の胸から血が吹き出した。

(え……?!)

 何もない。誰かが刺したわけではない。舞由が刺したわけでもない。
 舞由の体に次々と傷が刻まれていく。それは内側から壊されているようだっ
た。
(何……なんで……?!)
 舞由は庭に崩折れて、苦痛に表情を歪めていた。助けを求めるように手を、
桜の木の方に伸ばしていた。
 その指先にも容赦なく傷が走り、ぼろぼろになっていく。
 舞由は唇を動かした。誰かの名前を呼んだようだった。
 そして、しばらくの苦悶の後に、舞由の手が自身の流した血で汚れた芝生に
落ちる。
 舞由は事切れた。
 それなのに、舞由の体にはなおも新たな傷が刻まれ。
 絵麻の記憶にある通りに、体はぼろぼろになって――。

「止めてえっ!!」
 絵麻は目を閉じ、耳をおおってしゃがみこんだ。
 それなのに、祖母が壊れていく様ははっきりと見える。
「え?!」
「絵麻?! 絵麻、どうしたの?!」
「お祖母ちゃん、死んだら嫌! お願い、誰か助けて! 助けて!!」
「絵麻、大声出しちゃダメ!」
「お祖母ちゃんを助けて……!」
 翔が絵麻の口をふさいだのだが、絵麻はそれでも叫び続けた。
「落ち着いて。幻だよ。本当の事じゃないよ」
「違う……お祖母ちゃんが死んじゃったあっ!!」
 泣きじゃくる絵麻を、リリィが自分のショールに包みこむようにして抱きし
める。
「どういうことだよ? 幻って?」
「絵麻、最近夢とか幻とかでいろいろなものを見てるって……」
 翔がそう言った時だった。
「何者かが入り込んだぞ!」
「お舘様にお知らせしろ!」
「そこにいるぞ! 6人だ!」
 バタバタと廊下を走る足音がし、続いて黒衣の兵士たちが多数なだれ込んで
きた。
「げっ」
「嘘」
 絵麻の声が巡回の兵士たちに聞きつけられてしまったのだ。
「どうする?!」
「シエル、哉人、ここ頼んでいい? 絵麻は僕が連れて行くから」
「わかった。哉人、アテネ頼むわ。くっつきすぎんなよ?」
「冗談言ってる場合じゃないだろ?!」
 といいつつ、シエルは真剣な表情をしていて。彼は他のメンバーをかばうよ
うに兵士に向かって進み出ると、パワーストーンを構えた。
「疾強風!」
 風の刃が廊下を吹き荒れ、敵を屠って行く。
 翔は絵麻を抱きかかえると、リリィと一緒にその場を離れた。
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