戻る | 進む | 目次

 翌日。
 絵麻は日課の掃除をしていた。
 散らかり具合が少ないメンバーの部屋を先に掃除してしまい、散らかし度が
高い人の部屋を後回しにして一気に片付ける。
 というわけで、最後は翔の部屋というのが指定席だった。翔はとにかく部屋
を散らかす人なのである。本人曰く「何がどこにあるかわかる」とのことだが。
「翔、入るよ?」
 掃除道具を持って部屋に入ると、乾いた石の埃っぽい匂いがして。思わず絵
麻は咳き込んだ。
「何、絵麻も肺炎?」
「違うよ。何でこんなに埃っぽいの?」
「ああ……これかな?」
 翔は自分が作業をしていた台を示した。
 そこには色とりどりのパワーストーンが、乳鉢ですり潰されている。
「何やってるの?」
「移動玉の研究」
「移動玉?」
「戻り玉があるでしょ? あれは第8寮の前にしか戻れないんだ。だから、ち
ょっと改良して、精製する時にパワーストーンの粉末を混ぜてやれば対応した
マスターのところに行けるようになるんじゃないかなって」
 唯美と封隼がいないから移動できないじゃない? 彼はそう付け加えた。
「凄いね。そんな発想がぱぱっと浮かぶって」
「そう?」
 翔は照れたように頬を染めた。
「でも、いくらなんでも埃っぽすぎるよ。窓開けてもいい?」
 部屋には乾いた石の独特のにおいと、埃っぽい空気とがたちこめている。よ
くよく見れば空気がどころ白っぽい気もする。
「駄目。今日風強いから、せっかく砕いた石が飛ぶ」
「こんな埃っぽいところにいたら翔も病気になっちゃうよ……」
 強引に窓を開けようとした時だった。
 玄関の呼び鈴が、チリンと鳴った。
「あれ?」
 呼び鈴を使うような来客があったことはない。
 絵麻はとりあえず掃除を後回しにして階下に下りると、エプロンを外して応
対に出た。
「はい?」
 玄関に立っていたのは白髪まじりの金髪の、初老の女性だった。
 杖こそついていたがしゃんとしていて、品格の良さが見ていて伝わってくる。
「こんにちは。ここはPC第8寮であっていますでしょうか?」
「はい。失礼ですが……」
「ソフィア=エールと申します。娘のリリィ=アイルランドに用事があって参
りました」
「リリィのお母さん?!」
 驚いた絵麻に、エールと名乗った老婦人は穏やかに首を振った。
「実の娘ではないんですよ。1年前に養子縁組をしましてね」
「あ……中にどうぞ」
 絵麻は片付けておいたリビングに老婦人を通すと、病室にいたリリィを呼ん
だ。
「リリィ、お客様だよ。エールさんって方」
 リリィが表情を輝かせて立ち上がる。
 リリィがリビングに入っていくと、老婦人は杖にすがりながらではあったが、
それでも優しい表情でリリィを抱きしめた。
「久しぶりね、リリィ。元気にしている?」
 頷くリリィに、老婦人も何度も頷き返して。
 絵麻は2人に紅茶を出して台所に下がったのだが、とても仲睦まじい様子
だった。
 祖母の舞由を思い出して、絵麻の胸がチクリと痛む。
 その時、台所にシエルが入ってきた。
「あ、シエル。お帰りなさい」
「ただいま。誰が来てんの?」
「リリィのお養母さまですって」
「へえ。リリィって養子に行ってたんだ」
 台所からちらりとリビングを覗いたシエルの目は、どこか羨ましそうだ。
「1年前に養子縁組したって言ってた」
「優しそうな人だな」
「そうだね」
「やっぱ、見てくれがいいと縁に恵まれんのかな。障害あってもさ」
 ぽつりと呟いたシエルに、思わず絵麻は言った。
「シエル、羨ましい?」
「普通言うか? 絵麻ってホント素直だよな」
「ごめんなさい……」
「でも、リリィに関しては当然の権利みたいに思えるんだよな。綺麗だし、な
んてったって性格もいいし」
「うん」
 幸せになるべき人がいるとしたら、それはリリィのような人なのではないか。
 絵麻はそんな風に思った。
戻る | 進む | 目次
Copyright (c) 1997-2007 Noda Nohto All rights reserved.
 
このページにしおりを挟む
-Powered by HTML DWARF-