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「結婚?!」
 アテネの裏返った声が夜の第8寮に響く。
「え、え?! リリィさん、お嫁に行っちゃうの?!」
 アテネの声に、リリィは困ったような顔だ。
 リリィの前には見合い写真のケースが置いてあった。絵麻はドラマでしか見
た事がなかったのだが、ガイアもどういうわけか同じ形らしい。
 昼間訪れたリリィの養母が、縁談を持ってきたのだという。
 リリィは養母に引き取られて半年ほどで『NONET』に入るため、西部の
養母の元を離れて中央西部のPCに入隊した。
 養母は当初反対したが、リリィの記憶を探したいという意志に結局折れた。
 が、1年経っても成果があがらないため、心配して見に来たのだと言う。
 そして、もし良ければ考えて欲しいと言って見合い写真を置いて行った。
 自分の親類筋に当たる人の息子だという。良ければ結婚して、家を継いで欲
しいと。
「凄いな、継ぐだけの家があるって」
『エールお養母さまの亡くなられた旦那様、西部の地主だったんですって』
「地主の養女?!」
「どこで知り合ったんだよ?」
『私が保護されて、しばらく入院してた病院。エールお養母さまも検査入院し
てらしたの』
 夫に先立たれ、寂しい暮らしをしていた老婦人は、声と記憶を失い途方にく
れる少女に声をかけた。そして、少女の気取らない性格を知り、すっかり気に
入って彼女を養女に迎えたというわけだ。
「で、リリィ。結婚するのか?」
 信也に聞かれ、リリィは困ったように写真に目を落とした。
 年齢は20代半ばといったところか。やや年上だがなかなかの美青年で、リリ
ィとはお似合いだと言えた。
『お養母さまは帰ってきて欲しいって言われてるんだけど』
 リリィ本人はこの美貌と性格で、それこそ日単位で求婚者が現れるのだが、
全部断ってきていた。
「無理やりに結婚する必要はないと思うよ?」
『お養母さまもそう言ってくれてるんだけど』
 リリィは困ったように写真を閉じた。
『結婚しなくても、良ければ帰ってきて欲しいって。お養母さまもお年を召し
てるから、心細いんだと思う』
 リリィの戸惑いは結婚ではなく、寂しがっている養母のことなのだろう。
「リリィ、行っちゃうの?」
 絵麻は思わず声をあげた。
「嫌だよ。だって、せっかく一緒で……」
 せっかく仲良くなれたのに。
「絵麻」
 リョウが静かに絵麻の名前を呼ぶ。
「リリィが決めることよ。絵麻が口を挟めることじゃない」
「……わかってる」
 絵麻は寂しさをこらえて、ぐっと押し黙った。
「リリィ、まだ時間あるんでしょう? ゆっくり考えて決めたらいいと思う」
「Mr.に交渉する時は俺も行くから」
 リリィはリョウと信也を交互に見て、こくりと頷いた。
 その時、パソコンをいじっていた哉人が声を上げた。
「ユーリからメールが来てる」
「え?」
「『仕事』だ」
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