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1.私は記憶を旅する

「エマ。動かないでください。そのままそのまま」
「ちょっと……恥ずかしいんですけど」
 暖かな日ざしの中で、わたしはお気に入りの、両親から贈られた白いサンド
レスを着て、画板を構えるアルビノの青年の前に立っていた。
 一体何が始まったのかと、孤児院の子供たちが顔を覗かせる。
「あ、うつむかないで。もうちょっと顔上げて。笑って」
「絵のモデルなんて恥ずかしいよ……」
 青年はほとんど白く見える銀色の長髪をかきあげながら、キャンバスに木炭
を走らせる。
「時間があるのがエマしかいないんだから協力してくださいよ」
「って、絵を描いたって旅先で売っちゃうんでしょ?」
「哀れな放浪画家の旅の資金になってくれても」
「カムイ!」
「おっ、いいねその怒りの表情。そのままそのまま」
 カムイは風変わりな赤い瞳を悪戯っぽく光らせた。
 カムイは自分で言ってるとおり、旅の画家だ。内戦が続く各地を旅してエヴ
ァーピースに流れ着いた、らしい。
 知識が豊富で、いろいろな地方の話を聞かせてくれる。めったにいないアル
ビノ種――白と赤――の外見で、顔立ちはぱっと見ると中性的だ。
「どうせなら可愛いの描いてよー!」
「エマが可愛い顔してくれなきゃ描けませんよ」
 そう言ってから、カムイはにこりと、人好きのする笑みを浮かべた。
「まあ、エマは誰かの横にいる時がいちばん可愛いんですけど」
「カムイッ!!」
 わたしは真っ赤になって拳を振り上げる。
「あ。来ましたよ」
 涼しい顔で、カムイは手にしていた木炭で孤児院の門を指した。
「エマ。あれ、カムイと一緒?」
 黒髪の長身の青年。雷牙がそこに立っている。
 どこかむっとした表情で歩いてくる。何を怒ってるんだろう?
「雷牙」
「カムイ。父さんと氷牙が呼んでた。北部の情勢聞かせて欲しいって」
「おや、もうそんな時間ですか」
 カムイが画板を片付け始める。
「何やってた?」
「エマにモデルになってもらって、絵を描いてました。嫉妬しました?」
「なっ……」
「冗談ですよ」
 図星だったらしく、絶句する雷牙にカムイはくすりと笑って。
「それじゃ、ぼくは行きます。あとは2人でごゆっくり」
 画板を携えると、孤児院の門から作戦部の建物の方へと出て行った。
「雷牙……何怒ってるの?」
 わたしはのぞきこむようにして尋ねる。雷牙の顔はわたしよりずっと高い位
置にあるから。
「エマ、カムイに何もされてないよな?」
「絵のモデルさせられてただけだよ?」
「俺、どうもカムイは好かないんだよな……」
「そう? たまに要求が無茶苦茶だけど、面白い話してくれるからわたしは好
きよ」
「……俺より?」
 そう問いかける雷牙の表情は子供みたいに幼くて。
 わたしは思わず笑ってしまった。
「エマ?」
「大好きだよ」
「……エマ?!」
「わたしは、みんな大好き。ランディ父さんも、ジョアンナ母さんも、義兄弟
のみんなも、匠おじ様も、氷牙も、大悟おじ様も、みのりおば様も、永も、ス
ピカ先生も、ラズリも、スーニャも、カムイもみんな。
 でも……愛してるのは、雷牙だけだよ」
「エマ……」
 雷牙の広い腕が、ぎゅっとわたしを抱きしめてくれる。
 温もりが心地いい。この人の側に在り続けたい。それが許される運命であっ
てほしい。
 そう願わずにはいられなかった。
 少女の祈りは、淡い虹色の光の中にとけ……。
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