戻る | 進む | 目次

4.天国の子守歌

 絵麻とリリィに支えられたリョウがたどり着いたのは、ちょうどその時だっ
た。
「信也……?!」
 絵麻が悲鳴をあげ、リリイが息を飲むのがはっきりと伝わってくる。
 大切な人が、血を流して……。
「信也っ!!」
 リョウは絵麻とリリィの腕をほどくと、転がるようにして信也の所に走って
きた。
 信也は目を閉じていた。
 殴られた痕だらけで。血まみれになっているのに、その顔は綺麗で。
 それは今まで看取ってきた多くの命に似ていた。
「信也! 信也ぁっ!!」
 必死に、重い頭を抱き起こす。つけていたブレスレットを外して、能力を使
う。
「治療効!」
 淡い光が傷口を包み込む。
「治療効! 治療効!」
 馬鹿の一つ覚えのように、同じ言葉を繰り返す。信也の体からの出血が抑え
られていくたび、リョウの顔はますます真っ青になっていった。
「リョウ、無理だよ。リョウが死んじゃうよ!」
「嫌……だって、信也がいなくなったら、あたし……」
「でも」
「信也がいなくなったら、あたしの生きてる意味なんかない!」
 リョウの目から涙があふれて、ぱたぱたと信也の頬に落ちる。
 それが気付けになったのか、信也がうっすらと瞼を開けた。
「信……」
「リョウ……? 何泣いてるんだよ……?」
 腕を持ち上げて、信也がリョウの濡れた頬をぬぐう。
 その腕にすがるようにして、リョウが嗚咽する。
「能力、使ったのか……? バカ……ケガしてるのに」
「よかった……生きててくれて、よかった……信也……」
「ダメだよ……俺は正也を殺したんだよ……リョウは正也と幸せになるはずだっ
たのに……」
 リョウはその時、初めて正也に目を止めた。
 今までその存在に全く気づいていなかったという風に。
「正也……なの?」
「そうだよ。リョウと結婚するはずだった秋本正也だよ!」
「結婚……?」
 リョウが不思議そうに首を傾げる。
「あたし……そんな話聞いてない」
「え……?」
「あたしが好きなのは、子供の頃から信也だよ? 面倒見がよくて優しくて、
ずっと好きだった」
「嘘だ。だって先生は」
「父さんはよく勝手に話を進めてた。そんな話があったら、あたし断ってた。
正也のことは好きだけど、それは幼なじみの『好き』だから」

 からん。

 正也の手にしていた日本刀が、音を立てて地面に転がり落ちた。
戻る | 進む | 目次
Copyright (c) 1997-2007 Noda Nohto All rights reserved.
 
このページにしおりを挟む
-Powered by HTML DWARF-