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「じゃあ……何なんだよ」
 正也の声が震えている。
「喜んでたのに……恨んでたのに……眠れなかったのに……」
「正也……」
「俺は、俺の気持ちは! 一体何だったんだよ!!」
 幼なじみに恋をした気持ち。
 自分の幸福な未来を奪った兄を憎んだ気持ち。
 思いは死しても眠りにつくことができずに彷徨い続けた。
 その思いから亜生命体になって、兄を、思い人を、他のたくさんの罪もない
人達を傷つけたというのに。
 それら全ては、何のために……?
「ああ、うわああああ……!」
 正也は顔をおおって呻くと、その場に膝をついた。
「正……也……」
 リョウがつぶやいて、その体を抱きしめる。
 信也も這うようにして2人に近づくと、2人ごと抱きしめた。
「正也……ごめん……ごめん……」
「俺、どうすれば……」
 正也は信也を恨むあまり、亜生命体としてこの世に復活してしまった。
「核になってる血星石を砕けば……二度目の肉体の死を与えられると思う」
 翔が静かに言う。
「ただ、人は2回は死ねないから……魂がどうなるのかはわからない」
「それって……」
 正也がもっと苦しい輪廻をめぐることになるかもしれないということだ。
「そんなマネ、させられるかよ!」
 信也が気色ばんだのだが、すぐにぐったりしてしまった。
「信也?!」
「ヒールで治したとはいえ、相当出血してるから……」
「そういうリョウだって、今すぐにでも病院に戻らないと!」
 絵麻は必死にリョウの袖をひいた。
 顔色はさっきに増して真っ青で、そのくせ瞳だけは爛々とさせている。看護
婦であるアテネが「輸血と安静が必要」と言ったのに、輸血をせずに体力を使
う能力を酷使している。
 どちらが先に倒れてしまってもおかしくない状況なのだ。
「ねえ、正也さん……だっけ? 亜生命体として生きたらダメなの?」
「無理だよ」
 正也は肩を落とした。
「俺は人の血を啜ることで生気を補充している。人を傷つけずにいられないん
だ」
「あ、それで人の血啜った痕があったのか……」
 翔が眉をしかめる。
「亜生命体の処分はNONETの仕事……僕らがやるしかないか」
 翔は言って、立ち上がった。
「信也、どいて。僕がやるから」
「嫌だ」
 信也は正也にすがったまま、首を振る。
「嫌だ。もう殺したくない」
「気持ち、わかるけど……」
 翔が頬をかく。
「亜生命体は殺して血星石を取り出して、血星石をMrに封印してもらわない
といけないってことぐらい、信也だってわかってるだろう?」
 封印。
 Mrの楔で行われるそれは、血星石の存在を完全に無にする。
 それは、血星石を核として蘇った正也の魂の「無」を意味する。
「ねえ、他に方法ないの?! こんなの、ツラすぎるよ!」
 兄弟をもう一度殺さなければならないなんて。
 その魂を、無にしなければならないなんて。
「ないよ……今のままでは危険すぎる」
「そんな……」
 大切な人の存在が無かったことになる。そんなのはつらすぎる。
 絵麻はぎゅっと、祈るようにペンダントを握り締めた。
(お願い……そんなツラいことをさせないで!)
 と、その時、絵麻は自分の頬とペンダントが熱くなっていることに気づいた。
 青金石に、熱が宿っていた。
 普段は瑠璃色のその石が、淡い虹色をその中に宿している。
「あれ……?」
 絵麻はペンダントを視線の高さに掲げた。
 淡い光を放ちながら、ペンダントが揺れる。
 呼応するように、正也の手の甲の血星石が緑色の光を発する。
 それは歌のようだった。
 心の奥が、何かから解き放たれるように熱い。
 瞳を閉じて、絵麻もその歌にあわせて歌い始めた。
 それは眠れない心を安らがせる、優しい天国の子守歌。
 正也の表情がだんだんと凪いでいく。
 同時に、体が半透明になり、足元からさらさらと崩れ始めた。
「正也……?」
「逝ける……みたいだ……」
 正也は初めて、普通の表情で微笑んだ。
 写真の中の、信也と同じ笑顔。
「信也、リョウ……ごめんな。本当はわかってたんだ」
「わかってたって……?」
 崩れ始めた手先をなおも握り締めようとしながら、信也が聞き返す。
「信也とリョウが想いあってること……」
「そうだったのか……?」
「でも……俺もリョウが好きだったから。ブライス先生やうちの両親が勝手に
話を進めているだけだって知っていても、喜ばずにはいられなかった……」
 正也の体は既に半分以上が崩れ落ちていた。
「逆恨みだったんだ……信也が生きて当然なんだ……ごめんな」
「そんなことないっ!」
 信也が双子の弟にすがりつく。リョウはその傍らで、目から雫をあふれさせ
ていた。
「ごめん……不甲斐ない兄貴でごめん……守れなくて、ごめん……!」
「……ありがとう。2人と一緒でよかった」
 信也の腕の中で、正也の残りの体はさらさらの砂に崩れて散っていく。
 ぽとりと、核になっていた血星石が地面に落ちた。
 それも絵麻の青金色との淡い共鳴の余韻を残して、風の中に消えた。
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