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「オラッ!」
 黒髪の青年が、目の前のこげ茶色の髪の青年の頬に拳を叩き込む。
 殴られた青年――信也はあっさりとその場に崩れ落ちた。
 全身を殴られ、着ていた衣服が血と泥でぼろぼろになっている。
「正也……」
 正也は倒れた信也の胸倉をつかんで立ち上がらせると、今度は反対の頬を打っ
た。
 打たれた場所が赤く切れ、そこから血が流れ落ちる。
「反撃できないよな、信也」
 正也は残酷に笑っていた。写真の中の面影は微塵にもない。
 目の前の信也と同じ顔をしていることさえ嘘のようだ。
「6年前にお前がしたこと考えたら、このくらいじゃ足りないよな? そうだ
よな?」
 色違いの髪をつかんで耳に囁く。囁いて、殴り飛ばす。
「正也……どうして」
 痛む体を必死に起こしながら、信也は尋ねた。
 正也は6年前に死んだ。
 目の前で、動かなくなった。
 なのにどうして、ここにいる?
「どうして……正也、死んだじゃん……」
「ああ。お前のせいでなっ!」
 正也は信也の顎を思い切り膝で蹴り上げた。
「あの時お前が俺から剣を取り上げなければ、俺は死ななかった。死ぬのはお
前のはずだったんだ!」
 同じ顔のはずなのに、片方は悲痛に、片方は恨みに歪んでいる。
「リョウの隣で笑っていられるのはお前じゃない。俺のはずだったんだ!」
「……」
「ブライス先生も、父さんも母さんも認めてくれた。祝福してくれた。なのに
どうして、お前にその幸せを奪う権利があったんだよ?!」
 激情に任せ、正也は剣を引き抜いた。
 そのまま、信也の肩に突き立てる。
「ぐっ……!」
「リョウを守って支えていく事で赦されると思った? ふざけるな!」
 正也はリョウを思っていた。
 12歳の、一途な思いの全てをかけ、リョウを愛していた。
 信也はあの日その思いを知った。信也の気持ちは正也と相対するものだった
けど、双子の弟の一途な気持ちを邪魔することは兄弟思いの信也にはとてもで
きなかった。
 が、その日、武装兵が町を襲った。
 両親が、妹が、弟が死んだ。ブライス医師をはじめ、町の知り合いも死んだ。
そして、正也も……。
 リョウの嘆きは相当なものだった。
 両親と、家族のように接していた人々を一度に失い、しかも自分はたくさん
の人を見殺しにした。
 一生消せないトラウマを彼女は負った。
 側にいたいと思った。側で支えようと思った。でないと、彼女はきっと折れ
てしまう。
 そんな彼女を見たくはなかった。死んでいった家族達も、思いは同じだと信
じた。
 全てを失った者同士が、互いの隙間を埋め合う。
 そこに『愛』が生まれたとして、咎められた人はいたのだろうか――。
 そう思うことは、生きる者の傲慢だったんだろうか?
 現に、恨みの形相の正也がそこにいて。
 彼は、自分の行動を赦してはいない……。
「勝手にキレイ事並べて、勝手に人の思いをねじ曲げて!」
 正也が突き立てた剣をねじる。
 信也は悲鳴を飲み込んで、ただ耐えるだけだ。
「歪められた思いがどこへ行くか、お前は知らないだろ? 天国にも地獄にも
行けない思いは永遠にさまよい続けるんだ。浄化される術もなく! 戻る場所
もなく!!」
 正也は一瞬泣き笑いのような表情になると、信也に突き立てていた剣を引き
抜いた。
「だから信也、お前を恨むよ。ほとんど同じ人間なのに、1人だけ幸せになっ
てるお前を恨むよ!」
 そして、その剣で、信也の胸を真一文字に切り裂いた。
 流れるように鮮血が飛ぶ。
「うぐっ……」
「苦しいか? 苦しいだろ? でも、俺はもっと苦しかったんだ!」
 安らかに逝くことも、戻ることもできない妄執――。
 弟をこんなにしたのは、自分だ……!
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