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 リョウの病室に、絵麻は着替えを持って訪れていた。
 中にはリリィとアテネがいて、静かに眠っているリョウを見守っている。
「リョウの具合、どう?」
「輸血して、今様子診てるとこ……」
 アテネが静かに言った。
 言葉どおり、リョウの血の気を失った腕には赤い管がつながれている。
「何でこんなことになっちゃったんだろう……」
「わかんない」
 絵麻は首を振った。
「わかんないよ……どうして信也といたのにリョウ、切られちゃったんだろう」
「信也さんじゃないよね? 違うよね?」
 アテネがすがるような瞳で絵麻を見る。
 信じたいのだ。けれど、状況がそれを許してくれない。
 だから、翔は信也を警察部の手に渡さざるをえなかった。
「信也がそんなことするわけないよ……」
 落ちてしまった2人の声に、リリィが立ち上がると2人をぎゅっと抱きしめ
る。
 大丈夫だよと、元気付けるように。
 その時、病室のドアが開いて、翔が入ってきた。
 腕には本の山を抱え込んでいる。
「翔……?」
「リョウの具合どう? 意識戻った?」
 絵麻の声の中にはこんな時まで本を読んでいる翔への非難が含まれていたの
だが、彼はマイペースだ。
「まだ。今はひたすら輸血して、安静にしてないと危ないって」
 アテネが首を振る。
「そっか」
「翔、その本は?」
「ああ……警察部関連の本。何とか信也を無罪放免にしてもらいたくて」
 彼は彼なりに調べていたのだ。
「でも、状況証拠が揃っちゃってるんだよ……密室に凶器。動機の方は全然な
いからそっちで攻めるとしても時間が……」
 翔が器用に片手で本を抱えて、空いた片手でがりがりと頬をかく。
「何でこんなことになっちゃったの?! アテネ、わかんないよぅ……」
「ほらほら。泣かなくていいから」
「でも、お医者さんが、傷は左胸の方が深くて、右側に行くほど浅くなってるっ
て……逆だったらリョウさんこんなにならなくてもすんだかもしれないのに!」
「え?」
 アテネの悲鳴のような言葉に、翔が動きを止める。
「翔、どうしたの?」
 絵麻が、リリィが不思議そうな視線を翔に向けた。
「……信也って、右利きだったよね?」
「うん」
「右利きの人間が向かいにいた人を切れば、深く入るのは右側だ」
 翔ははっきりとそう言った。
「どういうこと?」
「左利きの人間が切ったってことだよ」
「それじゃ、信也犯人じゃないじゃない!」
「僕、警察部に行ってくる!」
 言うか早いか、翔は病室から駆け出した。
「あ、病院は走らないで……って、行っちゃった」
「左利き……か」
 絵麻は眠り続けるリョウの顔に視線を向けた。
 確か、リョウがその言葉を言っていた気がする。
「ねえリリィ、覚えてない? リョウが言ってた左利きの人の話」
 リリィは綺麗な金髪を傾けて考えていたのだが、やがてメモ帳に綴った。
『信也の双子の弟さんのこと?』
「あ、その人」
 ふっと、夕方襲われた時の光景が頭に浮かぶ。
 あの時の相手は確か、右側から剣を振ってきた。
 そして、頭部をおおっていた髪は、確か、黒……。
「!」
 弾かれたように絵麻は立ち上がった。
 ありえないはずの可能性に、心臓がどきどきしている。ポケットの中の石が
熱い。
 その時だった。
「リョウさんっ!」
 リョウがうっすらと、紫の目を開けた。
「リョウさん、リョウさん! 大丈夫?!」
「ここは……?」
 紫の瞳の焦点が定まっていない。これだけの重傷を負っているのだから当然
か。
「PC付属病院。リョウさん、切られちゃったんだよ」
「ああ、そうだ……!」
 アテネの言葉に、リョウは体を起こした。
 傷が痛んだのか、表情がつらそうに歪む。
「リョウさん、まだ起きちゃダメだよ!」
「そうだよ。安静にしてなきゃ」
 2人の言葉に耳も貸さず、リョウは自分の腕につながれていた輸血の管を引
き抜いた。
「正也が……」
「正也?」
「あたしを切ったのは……信也じゃない。信也の弟の正也よ」
「え?!」
 言って、ベッドから降りる。
「でも、だって、その人死んで……!」
「だから、早く止めないと、きっとたいへんなことになる!」
 リョウは走り出そうとしたのだが、その前に足から崩れ落ちてしまった。
「リョウ! 無理だよ」
 慌てて支えた絵麻とリリィに、リョウは真っ青な顔色をしながら、それでも
しっかりとした声音で告げた。
「お願い。あたしのこと信也のところに連れて行って」
「けど……」
「お願いだから!」
 2人は顔を見合わせた。
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