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「絵麻、大丈夫だったの?!」
 絵麻が連続傷害犯らしき人物と遭遇したというニュースは、たちまち第8寮
に広まった。
「うん……」
 絵麻の表情は暗い。
「メアリーもちゃんと無事だったんだろ? そんな暗い顔するなって」
「……」
 励まされても、絵麻はうかない顔だ。
 時々ちらりと、信也の方を伺う。
 信也も、それを知っているようだった。絵麻から視線を離さない。
「……そんなに、俺に似てたか」
 絵麻はしばらく黙ったが、やがてこくりと頷いた。
「背格好がそっくりだった」
「信也、その時間何してた?」
「部屋で寝てた」
「そればっかだな……結局アリバイ不成立か」
 信也は黙ってコーヒーを飲んでいる。
 しかし、その手は――震えていた。
「信也?」
「……怖いよ」
「怖い?」
 コーヒーカップをテーブルの上に落とすように置く。あふれた飛沫がテーブ
ルをつたってこぼれた。
「絵麻は犯人は俺に似てたって言った。俺は夢遊病みたいに徘徊して、人を傷
つけてるのかもしれない!」
 表情が、泣き出しそうに歪んでいる。
 こんな信也を見るのは誰もが初めてだった。
「信也……」
 今まで黙っていたリョウが、そっと信也に寄り添う。
「部屋に戻ろう。今夜は、あたしがずっと一緒にいるから」
 他のみんなに心配しないように告げると、リョウは信也を連れて台所を出た。
「少し眠った方がいいよ」
 信也の部屋に行くと、リョウがきっぱりと告げた。
「でも、さっき眠ったばっかりだしな……」
「あんたの趣味昼寝じゃない」
「それに……眠るのが今は怖い」
「そっか」
 リョウはぽすんと、ベッドに腰掛けた。
「じゃあ、おしゃべりでもする?」
「夜明かしする気か?」
「今夜事件が起きれば、アリバイ成立だね」
「……容疑者に近しい人の証言って採用されないんじゃなかったっけ」
 信也もベッドの、リョウとは反対側の枕側に座ると、壁にもたれて目を閉じ
た。
「俺、どうしちゃったんだろう……知らない間に殺人鬼になってくみたいだ」
「そんなことない」
 リョウは信也に近づくと、じっと紫の瞳で彼を見た。
「信也は、いつでもあたしの側にいてくれて、あたしのこと支えてくれたじゃ
ない」
「……」
「父さんと母さんと、秋本のおばさんとおじさん、勇也に真也に正也……みん
な一時に亡くしたけど、壊れなかったのは信也のおかげだよ」
「……」
「あたしは避難所から1人だけ逃げた卑怯な医者だけど、信也はそれでもいいっ
て言ってくれた。だから、あたしは安心して今でも医療に携われる」
 そっと、腕を伸ばして信也の肩を抱く。全体重を預けるように。全身を寄り
かからせるように。
 おそるおそる、信也もリョウの肩に手をかけた。壊してしまわないように、
静かに抱き返す。
 そのまま、2人は唇を重ね合わせた。
「……リョウ」
「何?」
「一緒に眠ってくれないか?」
「うん、いいよ」
 リョウは花のように笑った。
 2人で入ったシングルベッドは、狭かったけれど。
 お互いの体温が伝わって、とても暖かかった。
「あったかいね」
「だな」
「子供のころ、よくこうやって3人でお昼寝したよね」
 ベッドは狭いから、自然と信也がリョウを抱き込む体勢になる。
 リョウが信也の腕の中から手を伸ばして、部屋のライトを消した。
「何か、幸せな夢見れそう……」
「ふふ、あたしもだよ」
 暗くなった視界には何も映らなかったけれど、信也はリョウが笑っていてく
れるのをしっかり感じていた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 ほどなくして、信也の寝息が聞こえてきた。
「……とびっきりの女の子誘っといて、何もしないで寝るなんていい度胸よね」
 1人つぶやいて、リョウは笑う。
 その時だった。
 すくっと、部屋の隅に人影が立った。
 暗闇と、信也の腕の中にいるという安堵感から、リョウは人影が間近に来る
まで気づく事が出来なかった。
「誰? 覗きは悪趣味よ?」
 こんなことをするのは年少組の誰かだろう。リョウはそう思ったのだが。
 人影は黒い髪をした長身の男だった。
「許さない……俺との結婚が決まりながらこんなマネをするなんて!」
「え……?」
 次の瞬間、人影は手にしていた日本刀でリョウの胸を切り裂いていた。
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