戻る | 進む | 目次

 その日、男はほくほく顔で家路についていた。
 彼のその表情の理由を端的に言ってしまうなら、給料日だったのだ。
 PCに勤務している彼は定期的に収入が得られる。内戦下の国でこれがどん
なに貴重なことか。
 彼は家で自分の帰りを待っているであろう妻と、3歳になったばかりの娘に
思いをはせた。
 家に帰り、いつもより少し贅沢な夕飯を食べる。そして今日一日の出来事を
話し合い、穏やかに眠りにつく。
 そう。いつもの一日の終りのはずだった。
「ただい――」
 男は声と共に、自宅のドアを開けた。
 その先に待っていたのは、無残な光景だった。
「……え?」
 夕食が置かれているべきテーブルがひっくり返っている。
 椅子も、食器棚も。全ての家具がなぎ倒されている。
 そんな中に、妻と娘が折り重なるように倒れていた。
「おいっ!」
 慌てて、男は妻に駆け寄ると助け起こした。
 手にべったりと赤い血がつく。
「あな……た……」
「何があったんだ?!」
 その時、男の後ろで影が動いた。
 190センチ近い長身の影だ。影はその手に、鮮血のしたたる日本刀をさげ 
ている。
「答えてくれ! おいっ!」
 必死に妻にすがる男めがけて、血まみれの日本刀が振り下ろされる――。
戻る | 進む | 目次
Copyright (c) 1997-2007 Noda Nohto All rights reserved.
 
このページにしおりを挟む
-Powered by HTML DWARF-