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「おはよう」
「おはようっ!」
 その日も、深川絵麻はいつもと変わらず朝食作りに精を出していた。
 パンをスライスして、ウィンナーをいためよう。野菜はレタスにしよう。昨
夜の残りのポテトサラダがあるから、サンドイッチにして食べてもいいはずだ。
「絵麻って、朝から元気よね……」
「ぼくなんか、朝がいちばんツラいのに」
 夜勤明けのリョウ=ブライスと、夜型体質の琴南哉人がコーヒーを飲みなが
らそんな会話を交わしている。
「おはよー。新聞来てる?」
「来てるよ。そこに置いてある」
 今階下に降りてきたらしい明宝翔に、絵麻はサイドボードに置いた朝刊を示
した。
 ガイアにもご多分に漏れず新聞がある。王制の絶対を唱える極端な新聞から、
民営の出版社が発行しているものまで種類も豊富で、第8寮でもPCが発行し
ているものを寮費で取っている。
「あー……またあったんだ」
「何が?」
 新聞を広げた翔の言葉に、絵麻はフライパンを火からおろして話しかける。
 絵麻はガイア文字を読むのが苦手なので、基本的に新聞は読まない。従って、
公的なニュースには疎いのである。
「エヴァーピースで連続傷害事件」
「エヴァーピース……って、ここ?!」
「うん」
「あ、それあたしも聞いた。これで何件目?」
「5件目って新聞には書いてあるけど」
「貴族狙うわけでもなく、エヴァーピースの近辺でだけ起きてるんだよな。押
し入る家も適当に決めてる感じで、わかってんのは凶器が日本刀ってことと、
やたら背の高い男らしいってことと、何か血を啜ったらしい痕跡があること」
 これは哉人の弁。情報担当なだけあってこの手のことには詳しい。
「血を啜った?!」
 絵麻は思わず眉をよせた。
「吸血鬼じゃないんだから……」
「犯人、捕まってないの?」
「襲われる人がみんなして意識不明の重体らしいからな。警察部も動くに動け
ないんだろ」
 哉人はそこで話に興味をなくしたらしく、コーヒーをすすった。
「じゃあ、何で犯人が日本刀持ってるとかわかったの?」
「傷口で判断したんじゃないかな。犯人が背が高いっていうのは、最初の事件
の時にたまたま別の部屋に小さな子供がいて、その子の証言らしいけど」
 翔が新聞をたたみながら言う。
 いつの間にか後ろに来ていたシエル=アルパインが、ぼそりとつぶやいた。
「しっかし、日本刀で背の高い男って……まんま信也じゃん」
「そういえば……」
 思わず頷いてしまった絵麻とシエルの頭を、リョウの拳骨が襲った。
「ってえ」
「バカ言わないの。信也が傷害事件なんかするわけないじゃない」
「そもそも動機がねーし」
 哉人が横目でシエルを見る。
「何だよ」
「つくづく単純バカだなーと思ってな」
「やるか?!」
「ああっ?!」
「あーっ、朝からケンカしないっ!」
 シエルと哉人の頭を、本日2発目のリョウの拳骨が襲った。
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