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3.この愛しき日々

 翌日は休日だった。
「さて、今日は何をしようかな」
 全員分の朝食を片付けながら考える。
 リョウが、定期購読している通信販売の雑誌が届いたと教えてくれた。天気
がいいから全員分のシーツをまとめて干してしまいたい。聴きたいラジオの音
楽番組があって、メアリーに教わった新しいクッキーの作り方も試したい。シ
スターにもらった花の種がそろそろ蒔きごろだ。
 やりたいことはたくさん。そして、それは全て自分のためのことだ。
「翔は今日、何をするの?」
 ちょうど食器を下げて来た翔に聞いてみる。
「僕? 僕は調べ物、かな」
 翔は絵麻の顔をじっと見ながら、ぎこちなく言った。
「? わたしの顔、何かついてる?」
「ううん」
 翔は慌てて目をそらした。
「調べ物ばっかり、疲れない?」
「疲れないよ。楽しいから」
「それじゃ、後でお茶入れてもって行くね」
「あ、ホント? やったね」
 翔が笑顔になる。その顔を見ていると、絵麻もなんとなく幸せになる。
 絵麻は考えた後で、午前中に洗濯と種蒔きをして、時間が余ったらクッキー
を焼くことにした。
「みんな、シーツ出してくれる? 天気がいいから干したいの」
 リビングでボードゲームをしていた年少組男子に話を振り、その後で自分の
部屋にいた他のみんなのところを回って行く。信也とリョウは一緒に雑誌を見
ていて、翔は分厚い本に没頭、リリィは子供服を縫っていて、唯美はどこかに
遊びにいったらしく、アテネは医学書で勉強していた。
 洗濯は洗濯機がやってくれるから、その間に種を蒔いてしまう。第8寮の裏
庭はバスケットボールコート半面程度の広さがあって、物干しがある以外は誰
も使っていない。絵麻は孤児院から野菜の種をもらってきたり、自分の持って
いたハーブの種を蒔いたりして家庭菜園を作っているのだ。
 園芸科の生徒なだけあって、こういうのが好きなのである。
「早く芽が出るといいな」
 蒔き終わった後でシーツを干す。10枚並ぶと結構壮観だ。時間はたっぷり余っ
たので、クッキーを焼いてみる。
 かりかりとしたクッキーは想像以上に美味しかった。さっそく全員を呼んで
くる。手が放せなかった翔とアテネには別に持って行くと喜んでもらえた。
「それじゃ、リリィは孤児院の子の服を縫ってたの?」
 お茶を飲みながら、リリィが頷く。
 絵麻が寝ていた時に頼まれたらしい。午後になったら持って行く約束なんだ
と、リリィはメモ帳に書いてよこした。
「それじゃ、わたしも行こうかな」
「・・?」
「うん。クッキー持っていってあげたいし。それにミオさんが気になるし」
「ミオさん?」
 リョウが聞いた。
「うん。メアリーの前に孤児院の保母さんしてた人なんだって。知らない?」
「あたしたちがここに来たの、ここ1年のことだからね。それより前だとわか
らないわ」
「そうなんだ」
 みんなはもっと前からいたように思っていた。
「どんな人?」
「30歳にはなってないんじゃないかな……亜麻色の髪で、宝石の琥珀みたいな
目をしてるの。綺麗な人なんだけど、何か悲しそうなの」
「悲しい目をした美女、ねえ」
「チェック。12手。最短記録っと」
「わーっ、ちょっと待ってくれよ!!」
「やだ。もうすぐ昼メシだし」
「あ、お昼ご飯にしなきゃ」
 ちょうどその時、クッキーをかじりつつボードゲームをしていたシエルと哉
人が騒ぎ出して、会話はそのまま流れてしまった。
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