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  シエルは石を握った左腕をかかげた。
  緑色の波動が周りでシュッシュッと渦巻いている。
  次の瞬間、シエルは技を発動させた。
「猛竜巻(サイクロン)!!」
  風が部屋の中央で渦巻き、次の瞬間、爆発した。
  家具はもちろんなぎ倒され、バキバキと音を立てて壊れていく。毛足の長い
上等な絨毯も、壁紙も、部屋中のありとあらゆる物が引きはがされて風の渦の
中に舞う。
  人間だって例外ではない。2人の貴族を風の中央に巻き込み、竜巻は屋敷も
壊れよとばかりに勢いを増した。
「シエル、そろそろ止めとけよ」
  後から来た哉人が、暴風圏の外から声をかける。
「屋敷が壊れたらやっかいだろ」
「あ」
  唐突に風が止み、舞い上がっていたもの全てが剥き出しになった床に叩きつ
けられる。
  もちろん、貴族2人も高い天井からまっさかさまだ。
「ひいっ……!」
「ぎゃあああああ!!」
  ドスン、ドスンという、人が叩きつけられる音。
「別にアタシはいーんだけどね。生き残る自信あるから」
  戸口から部屋の惨状をのぞきこみながら、平然と唯美が言ってのける。
「ぼくもあるけどさ、後始末とかタイヘンだろ」
「ユーリにやらせればいいじゃない」
「あ、その手があったか」
「お……お前たちは……?」
  地べたにはいつくばる形になった貴族が、唯美と哉人を見上げる。
「知ってのとおり、PCの人間だよ」
  哉人が意地悪く答える。
  『PC』と聞いて、貴族が助かったとばかりに目を輝かせた。
「頼む。あの男を捕まえてくれ。貴族に暴行を働いた現行犯だ」
「捕まえるのは構わないけど……」
「お金ならいくらでも出すわ!  だからお願い。助けてちょうだい!」
  貴族が手をさしのべて哀願する。自慢の金髪はぐしゃぐしゃになり、上等な
衣服も血まみれのぼろぼろ。
  それでも金にすがって物事を解決しようとする姿勢に、哉人は思わず笑って
しまった。
「何を笑って……私たちがこんなにひどい目にあっているのに……」
「っていうか、アンタらってシエル並の単純バカ?」
  冷めた目で見下ろしながら、唯美が言う。
「アタシたちの顔、見覚えないの?」
「見覚え……ああっ?!」
  貴族が顔色を変える。
「お前らは……あの時逃がした方の侵入者」
「まあ。よくもPC職員だなんてウソを」
「よく言うよ」
  哉人が肩をすくめて。
「それに、PC職員って一応事実なんだけどな。まあいいや。
  シエル、ここにまだ息の根が止まってない奴が転がってるぞ」
  シエルは手近にあった先の尖った家具の残骸を持ち上げると、ゆっくりとし
た足取りで貴族の方に歩いて来た。
「ひ……ひいっ……」
「これで少しはこりただろう。けど、オレたちが味わってきた苦しさは、お前
らには決してわからない」
 大暴れして落ち着いたのか、シエルは怖いほど冷静だった。
「せめてひとおもいに殺してやるよ。アテネのところに行って謝ってこい!」
  左腕が尖った家具の残骸を振りかざす。
  が、その家具は貴族に当たらなかった。
「痺雷閃(パラライド)!」
  誰かの声が響いた瞬間、シエルの腕に痺れが走った。
「え……」
  力の入らなくなった指先から、音をたてて家具の残骸が貴族の鼻先に落下す
る。
「ひいいっ!!」
「シエル、もう止めて!」
  入ってきたのは、翔だった。
「翔」
「来てたの?  一体どうやって」
「それは後で。シエル、腹がたつのはわかるけど、殺してはダメだよ」
「なんでだよ?!」
  シエルは翔につかみかかった。
「オレはコイツらに妹を殺されたんだ!  仇とって何が悪い」
「死んでない」
「え?」
  翔は冷静に答えた。
「君の妹は死んでない。自白剤を大量に飲まされてるけど、今リョウが手当し
てくれてる」
「それじゃ……」
「自白剤を飲まされて、シエル達が庭に来ることを無理やり聞き出されたんだ
よ。その後で口封じに殺したつもりだったみたいだけど、ちゃんと生きてるし、
大丈夫。シエルが復讐する理由はないよ」
  穏やかに笑う翔に、だけどシエルは理解できないような表情で。
「だけど、こいつらは武装集団と癒着して……」
「それを裁くのはPCの仕事だろ?」
「そうだよ。どうせ死刑になるんなら、オレに殺らせてくれよ。な?」
「妹が泣くよ。兄さんが自分の義父母を殺した……って。
  それに、今殺すよりPCの審議会にかけて、武装集団の内部事情とかをしっ
かり聞き出して、その間監禁されて冷や飯食わされて、どんな判決が下される
のかと気をもんでもらってから死んでもらうほうが溜飲が下がるんじゃない?」
  翔がいつもの優しい表情で、こわい理屈を並べたてる。
「アテネは……無事なんだな?」
  確かめるように言ったシエルに、こくりと頷いて。
「じゃ、これで一件落着だね」
  翔は貴族に向き直ると、強い調子で言った。
「武装集団と内通した疑いで、PCに来てもらいますよ」
「あんたは……あんたは私たちの味方じゃないのか?」
「どこをどう見たらここで味方が出てくるんですか」
  翔の物言いは穏やかだったが、毒をはらんでいることは明らかで。
「哉人、ワイヤーでこの人たちしばっちゃって」
「OK」
  あっという間に、貴族は2つの簀巻きにされてしまった。
「だ……誰か!  誰か助けにこんか!!」
  喉も張り裂けよとばかりに貴族が叫ぶが。
「っていうか、ここまで騒いだら普通はもう護衛が到着しててもおかしくない
でしょう」
「じゃあ……?」
「この貴族屋敷にいた武装兵、八つ当たりがてらにみんな殺っちゃいました♪」
 唯美が得意げに胸をはってみせる。
  貴族はついに観念したらしく、がっくりうなだれた。
「それじゃ、みんなと合流して。この貴族、ユーリに引き渡して……」
  安堵のムードが漂いはじめた、その時。

  ヒュッ!

「うごっ!」
「ぐはあっ!!」
  戸口から長針が飛来し、貴族の眉間を貫いた。
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