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「上手くいきましたね、あなた」
  豪華なシャンデリアの下げられたリビングでは、屋敷の貴族夫妻がワイング
ラスを手に優雅なひとときを味わっていた。
  夫婦はいずれも金髪蒼眼。上等な衣服に精巧な彫刻の施された家具に囲まれ
て、どこからどうみても上流階級の一枚絵だ。
「ああ」
  妻にワインを注がせながら、当主貴族がロッキングチェアに背をあずける。
「ネズミを3人逃したのはいまいましいが、あの北部人の坊やは捕まえたから
な。殺す前にメガイラ様の自白剤を使えば、仲間のことを残さずしゃべってく
れるだろう。
 その情報をメガイラ様に持って行けば我々は武装集団の上層部に迎え入れら
れるわけだ」
「まあ、素敵」
  優雅な物言いながら、貴族の妻の唇はきゅっとつりあがっている。
「まったく北部の奴はバカな奴らだよ。あの院長も、小娘も、みんなみんな簡
単にだまされて。
『妹が殺してくれと言った』と言ってやっただけで抵抗することさえ止めちま
うんだからな。バカとしかいいようがない」
  貴族の妻もくすくすと笑って。
「バカな子。本当にバカな子ね。あの娘も、あんなに抵抗しなければ私たちだっ
て命まではとらなかったかもしれないのに……」
  その時だった。
  ばぁん、と派手な音がして、観音開きの戸が開いた。
「誰だ?  屋敷では音を立てるなと言っているだろうが」
  貴族がのんびりと振り返った先に、プラチナブロンドの髪をし、青の瞳を怒
りにたぎらせた少年が立っていた。
  中身のない右側の袖がゆらゆらと揺れている。
「お前は」
「よくも……よくもアテネを!」
  少年の左手には緑色の貴石が握られている。
「牢を脱出して、石でも投げにきたか。これだから北部の田舎者は……」
  貴族は揶揄を最後まで言い終えることができなかった。
  風がゴオッと唸り声をあげて、2人に襲いかかったからである。
  今までに経験したこともない、立っていられないほどの勢いの風だ。
「わああああっ!」
「きゃあっ!!」
  たちまち貴族たちは、風に吹き散らされた木の葉のように部屋の隅まで吹き
飛ばされてしまう。
「なんでアテネを殺したんだよ?!  曲がりなりにもお前らが欲しがった娘だろ
うが?!」
  シエルが突風で荒れた部屋を進んでくる。
  まだ残っている嵐の余韻に、右袖をなぶらせながら。
「なんで……なんで殺したんだよ?!  オレのたったひとりの妹を!!」
「いらなくなったからだよ」
  体勢を立て直しながら、貴族が答える。
  彼はまだわかっていない。
  この嵐が起きた理由を。
「しょせん平民は貴族の人形。好きなように扱っていいというのが、200年
前のガイア13世の時代からの定めではないか」
「貴様ッ!!」
  飄々と言った貴族に、風の刃が襲いかかる。
  それは貴族の上等のスーツを切り裂き、赤い線を浮かび上がらせた。
「ぐはあっ?!」
  貴族が大きくのけぞる。
「ひいいっ!!」
  血をみた貴族の妻が、ヒステリックな声をあげて夫から離れる。
「お……お前は……」
「調べたんじゃなかったのかよ?  アテネを拷問して、聞き出したんじゃなかっ
たのかよ?!
  オレは『NONET』。人殺しなんだよ!!」
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