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「あっ!!」
  慌てて拾おうとするが、その手を踏み付けられる。
「痛い……」
「その機械は何だ?  お前はおもちゃ屋のおまけだと言っていたな」
「そうだよ、おもちゃ屋さんのオマケ!  気に入って大事にポケットに持って
るの。だから……!」
  義父は無言で通信機を拾うと、いつの間にか部屋の中に入って来ていた、フ
ードをかぶった人影にそれを渡した。
  フードの人物はひとしきり通信機を撫でさすっていたが、やがてこう言った。
「かなり高性能の通信機です。中央にパワーストーンの波動を感じます。
  おそらくは中央部で作られたものかと」
「この薄汚れた北部人が!!」
  落雷のような声とともに、アテネの横っ面が張り飛ばされる。
  床に崩れたアテネの襟を、義父はつかんでゆさぶって。
「その通信機でどこに教えていたんだ?!  このウェイクフィールド家が武装集
団と内通していると、どこに教えていたんだ?!」
「武装集団と……内通……?」
「しらばっくれるな!!」
  往復ビンタが飛ぶ。
  折檻を受けながら、アテネは気丈にもぐっと顔をあげて。
「しらばっくれてない!  お義父さま、武装集団なんかに内通していたの?!
 アテネのママとパパ……みんなのママやパパを殺した武装集団と?!」
「うるさい!!」
「平民の小娘の分際で、貴族のやることに口だしするんじゃありません!」
  真っ青な顔をした義母が、アテネの髪をぐいぐいと引っ張る。
「さあ、お言いなさい。どこに言ったの?  このウェイクフィールド家が反逆
者だと、そんないつわりをどこに教えたの?!」
「教えてなんか……ない」
「嘘をつくな!」
  義父はアテネに馬乗りになり、襟をつかんでぐいぐいと揺さぶった。
「嘘なんかつかない!  アテネは何も言ってない!!  何も知らないわ!!」
  アテネはそう言い切った。
  その顔を、フードの人物がのぞきこむ。
「?」
  緑色の髪をした女性だった。双眸は閉じられていて、額に埋め込まれた黒水
晶が夕闇の微かな明かりに反射し、女性の顔に不気味な陰影を投げかけている。
「『NONET』」
  と、女性の唇が動いた。
「あなたにはパワーストーンの波動が感じられるわ。『NONET』の連中と
密会したのね。
 おおかた、ここに引き入れるための手引きでもしたんでしょう」
「……!」
  盲いでいながら言い当てたこの女性に、アテネは背筋が冷たくなるのを感じ
た。
  沈黙を肯定ととったのか、義父母の折檻が激しくなる。
「この娘は!!」
「4年間も養ってもらった身で、貴族様に逆らうのか!!」
「早く言え!  誰に何を言った?!  どんな汚い平民をこの屋敷にあげた?!」
「言わない!」
  アテネは首を振った。
「言え!!  殺すぞ!!」
  義父が部屋の壁にかかっていた短剣を引き抜き、アテネの眼前に刃をさらす。
「言わない言わない!  絶対に言わない!!」
  言えば兄たちに危害が及んでしまう。
  貴族はアテネを殴り、刃で脅し、間に優しくなだめるような言葉をはさむこ
ともあった。
  けれど、アテネは頑として口を割らない。
  ひどい折檻の末、顔や手足が腫れてぼこぼこになってしまっていた。
  それでも青い瞳は凜とした光を宿している。
(絶対に言ってはダメ。でないとお兄ちゃんたちが……)
  このまま黙っていれば義父母はあきらめて去って行くかもしれない。アテネ
はその一縷の望みにかけた。
  汗だくになり、業を煮やした貴族は、フードの女性を仰いだ。
「メガイラ様……」
  フードの女性……メガイラは懐に手をやると、錠剤の入ったビンを取り出し
た。
「これを使いなさい」
「これは?」
「自白剤です。これを飲めば自我を失い、聞かれた質問に全て答えるようにな
るでしょう。
 大量に飲ませれば飲ませるほど効果があがりますが、自我が崩壊する確率が
あがります」
「!」
  自我が崩壊する──自分が壊れてしまう、ということ。
  アテネは身をよじって逃れようとしたのだが、義母の手が体に巻き付いて離
れない。
「この娘の自我なんぞ、何の価値もない。新しい娘を買えば済む」
  義父は歪んだ笑みとともにメガイラからビンを受け取ると、てのひらに大量
の錠剤をあけた。
  部屋のサイドボードにおいてあった水さしを取って、床に組み伏せられてい
るアテネに近づいてくる。
「い……いや……」
  義父はアテネに覆いかぶさるようにすると、錠剤を強引に口にあてがった。
「さあ、飲め!  飲むんだ!!」
  アテネが口を閉ざしたままなのに気づくと、強引に口をこじあけようとする。
「!!」
  首を振り、身をよじって逃れようとするのだが、体がいうことをきかない。
「お兄ちゃん!!」
  アテネは悲鳴をあげた。
「お兄ちゃん!  助けて!!  お兄ちゃん!!」
  貴族の手から逃れ、アテネは必死に叫び声をあげる。
 お願い……アテネの声、届いて!
「助けて!!  お兄ちゃん!!  おにい……」
  僅かに開いた唇に強引に指をつっこみ、義父が口をこじあけさせた。
「てこずらせおって……」
  入るだけ詰め込めとばかりに、義父が錠剤を放り込み、水を注ぎ込んだ。
「うぐ……」
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