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  唯美は後方を振り返った。
  黒い軍服の一団がじわじわと自分たちを取り囲もうと迫ってくる。いつの間
にか人数は倍に膨れ上がり、庭を人で埋め尽くしてしまいそうな勢いだ。
  黒服の間に、貴族の金髪とシエルのプラチナブロンドがちらちらと見え隠れ
している。
  シエルは既に拘束されているようだった。
「ウェイクフィールド様。こいつを殺りますか?」
「いや、後で存分にいたぶってから殺してやろう。それより他の奴らを早く仕
留めるんだ。
  あの黒髪の娘を」
  貴族の指が、はっきりと絵麻を示した。
「はっ」
  武装兵がゆっくりと間合いを詰め始める。
  唯美は唇を噛んで水晶を構えた。
「ったく、完全にしてやられたわ。まさか裏切るとは」
「そんな!  アテネちゃんは裏切らないよ!!」
「コレのどこが裏切りじゃないの?  こんな窮地におとしいれられてるってい
うのに、アンタってばホント人がいいんだから」
  唯美がじろっと絵麻を睨む。
「唯美の能力なら大丈夫でしょ?  唯美は強いもの」
「信頼してもらえるのはありがたいんだけどね……」
  ぼやきながらも、唯美は懸命に道を模索する。
  最初の一撃で倒せるのは列の先頭にいる奴らが限界だろう。先頭の奴らを盾
にして残りの武装兵がどっとなだれ込んでくるのは見えている。
  瞬間移動で第8寮に逃げ帰るのも手段だが、シエルが捕まってしまっている
し、哉人もこの軍勢に囲まれているはずだ。
「唯美、どうする?  わたし、同調する?」
「ちょっと待って」
  考えているうちに、貴族から怒号が飛ぶ。
「何をもたもたしている!  とっとと仕留めんか!!  黒髪の娘を捕らえたなら、
メガイラ様から報酬が出るぞ!!」
  その声を合図に、いっせいに武装兵が動いた。
  地鳴りとともに突進してくる、黒の軍勢。
(絵麻が狙われてる?!)
  唯美は絵麻の手を強く握りしめた。
「いい?  安全な場所を思い描いて。なるべく近い方がいい」
「唯美?  何言って……」
  絵麻には訳がわからない。
「いいわね?  飛ばすわよ?!」
  握られた手のひらから光がほとばしる。
「アンタは逃げて!  逃げて、信也たちにこの事伝えて!!」
「待って!  待ってわたしも!  唯……」
  光はあっという間に絵麻を包み、爆発して収縮していく。
  光が消えた後には唯美だけが残っていた。
「猛空切(コンライ)!」
  あいていた唯美の左手から、空気の刃が放たれる。
「ぎゃっ!!」
  先頭にいた武装兵たちの胸からぶわっと血が吹き出した。
  しかし、後ろにいて難を逃れた武装兵が仲間を乗り越えて唯美に迫ってくる。
「よっ……と」
  その軍勢を瞬間移動で後方にかわし、唯美はもう一度間合いをとった。
「こいつ?!」
「そんなにノロマじゃアタシはつかまんないわよ!」
  わざと挑発して、自分に注意を向けさせる。迫ってくる相手の何人かを空気
の刃の餌食にし、その直後に敵の後方へと瞬間移動して逃げる。
  自分がこの手段で目を引いているうちに、残り2人が逃げ切れればいいのだ
が……。
  唯美は周りをうかがってみた。
  既に哉人の姿は消えていて、武装兵も全員自分の攻撃に回っているから、哉
人は逃げたと考えていいだろう。
  となると、後はシエルなのだが……。
「シエル!  アンタさっさと逃げなさいよ!!」
  シエルは貴族の横で、1人の武装兵に拘束されたまま立ち尽くしていた。
  完全に虚ろになった表情。青い目は何も映していない。
「シエル!!」
  唯美が怒鳴った時だった。
「もらった!」
「!」
  ちょうど死角になっていた部分から、武装兵が殴りにかかる。
  とっさに上体をそらしてかわした唯美だったが、体勢を崩して転んでしまっ
た。
  その上に武装兵がわらわらと襲いかかる……。
「しまっ……」
「唯美!」
  目を閉じかけた唯美の前に、音をたてて一本のワイヤーが投げ出された。
  長年のカンが物を言って、ためらわずにそのワイヤーをつかむ。手ごたえが
あって、体がうまい具合に武装兵の群れから抜け出せた。
(ワイヤーの先へ!)
  ワイヤーを強くつかんで念じる。光が弾けて、次の瞬間唯美は庭をぐるりと
囲んでいた木のうちの1つにいた。
  狭い枝に哉人が身を隠すようにしている。
「哉人!」
「暴れるな!  狭い」
  確かに、2人が腰かけるには少々狭い。
「ここに隠れてたの?」
  声をひそめて唯美が尋ねる。眼下の庭では、突然消えた少女を武装兵たちが
やっきになって探していた。
「お前らが注意集めてくれたから案外ラクに逃げられたよ。そういえば、絵麻
をどこにやったんだ?」
「側にいると危ないと思ったから、瞬間移動で飛ばした。近くの安全な場所っ
て念じたから、多分屋敷の外……そこからリターンボール使って帰るくらいの
常識はあの子だって持ち合わせてるでしょ」
「そう願う」
「それより、シエルは?  何でアイツ逃げないのよ?!」
  そっと木陰から庭をのぞき込む。
  武装兵たちは唯美を探すのをあきらめたようだった。シエルをこづきながら、
ぞろぞろと屋敷の中へと入って行く。
「ウェイクフィールド様。コイツはどうします?」
「地下牢に入れておけ。後で私刑にかけてから殺してやる」
  4人のうち3人にまで逃げられた悔しさに歯噛みしながら、貴族が腹立たし
げに言う。
「妹と同じ場所に送ってくれるわ」
「……?!」
  唯美と哉人は顔を見合わせた。
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