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 翔は第8寮の、絵麻の部屋にいた。
 字の練習帳と、裁縫道具が置かれた机。刺し子が途中のまま、そこに置い
てあった。きれいな花の、まだ完成していない途中に針が残っている。
 窓際の鉢植え。
 開かれた窓から入ってくる風が、カーテンを揺らしている。
 ベッドカバーは、リリィの手製の物。
 そのベッドで、絵麻が眠っていた。
 翔はその傍らで、本を広げていた。
 静かな表情。揺り起こせば、すぐに目を開けてくれそうだった。
 ふと、翔は絵麻と最後に過ごした、あの星月夜を思いだした。
 自分はあの夜、この先ずっと僕と一緒にいて欲しいと絵麻に頼んだ。
 絵麻は、それにこたえられずに泣いていた。
 もしかしたら、こうなることを既に知っていたのかもしれない。
 こうなると、心の奥のどこかがわかっていた。だから絵麻は、返事ができ
なかったのかもしれない。

 空が青い。風が心地いい。木々の緑が鮮やかに揺れる。
 絵麻が守った世界。
 彼女がいとおしんだものが、これから生きていく世界。
 絵麻はもう、二度と目覚めないのかもしれない。
 けれど、まだ暖かい。まだ、生きている。
 もう一度、名前を呼んで。幸せそうな、明るい笑顔を見せて。
 翔は、待っている。
 絵麻が目覚めるのを、待ち続けている。

                     【Love&Peace 第12部 完】
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