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【エピローグ】

 絵麻は、真っ暗な中を走っていた。
 帰りたい。どうしても帰りたい場所があるのだ。
 ひょっとしたらもう戻れないかもしれない。だけど、戻りたい。
 絵麻は走り続けた。
 いつまで走っても暗闇が続くばかり。
 祖母に、一緒に連れていってもらったほうがよかったかもしれない。
 けれど、戻りたいのだ。あの場所に帰りたい。
 その時、ふいに自分を呼ぶ何人かの声を聞いた。
「……?」
 その中でも、ひときわ大きかった声が、また絵麻を呼んだ。
 それは、絵麻のよく知っている声だった。
 闇の向こうに、小さく白い光が揺れている。
「!」
 絵麻はぱっと笑顔になると、その方向に駆けて行った。

 翔はずっと絵麻の傍らについていたのだが、さすがに疲れがたまってきていた。
 それでも起きていたのだが、やがて、本が手から滑り落ちる。
 浅い眠りの中で、翔は絵麻を探していた。
「絵麻、どこにいるの?」
 第8寮の中。教会。孤児院。雑貨屋。PCの中。
 知っている限りの場所を探すのに、絵麻はいない。
 気づくと、翔は真っ暗な中にいた。
 いるはずないとわかっているのに、それでも翔は、絵麻を呼んだ。
「絵麻。絵麻!」
 何度も繰り返す。
 その時、かすかに声が聞こえた。
「翔」
 かすれた声。夢ならどうか覚めないで。絵麻を見つけるまで、覚めないで。
 翔は闇の中に踏み出そうとした。
 けれど、その足元をよどんだ黒い泥がすくい。動けなかった。
「絵麻っ!!」
 自分の叫ぶ声で、翔は目を覚ました。
 変わったところは全くない。絵麻もそのままだ。
 夢だったのだ。
「……」
 翔は息をついた。
 せっかく、絵麻の声がしたのに。あのどこかに、いたはずなのに。
 足が動けば、探しにいけたのに。
「翔」
 その時、また声がした。
 ベッドに視線を移す。
 ついさっきまで眠っていたはずの絵麻が、目を開けていた。
「あのね、暗いところにいたの」
 しゃべった。
「お祖母ちゃんに会ったの。ここからはどこにでも行けるから、いちばん
行きたい場所にいきなさいって」
 絵麻は瞬くと、体を起こした。
 喉が渇いているのか、軽く咳払いして。
「だからね、みんなのところに帰りたいって。翔のところに、帰りたい……って
道がわかんなかったんだけど、翔が呼んでくれたから……」
 翔は平和姫(ピーシーズ)に、絵麻がいてくれることが平和だと言った。
 彼女は、貴方の平和を守っていけと言った。
 だから、ここに絵麻を返してくれたのだ。
「……絵麻」
 翔は絵麻を抱きしめた。
 暖かい。少しびくっとして硬くなるところも、自分が知っている絵麻だ。
 ――帰ってきたのだ。
「おかえりなさい」
 翔はそう言って、抱きしめる力を強めた。
「……ただいま」

 部屋の外で様子を伺っていたリリィが、そっとドアから首をひっこめた。
(どう?)
 リョウが目顔で尋ねる。
 彼女の隣には信也がいた。彼は、左手で長刀を握っていた。
 シエルがいて、彼の左側にはアテネが寄り添っていた。
 そのアテネの隣に哉人がいて。胸元には、錆びた十字架のチョーカーがある。
 体に包帯を巻いた唯美がいる。その隣で、封隼が姉を支えていた。
 リリィは頷いて、ピースサインを出した。
 全員に、笑顔が伝わる。
 部屋に駆け込もうとした唯美とアテネを、リリィとリョウで抑える。男子3人は信也に抑えられていた。
 みんな、早く絵麻に会いたい。
 だけど、あと少しだけは、翔に譲ってあげよう。
 彼女の帰りを、いちばん待っていた彼に。


「今度こそ、僕とずっと一緒にいてくれますか?」
 翔の問いかけに、絵麻は微笑んで頷いた。
「はい」

                        【Love&Peace Fin.】
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