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 剣先が震えている。
 定まらない。狙いを定められない!
 信也は錯乱しそうになる自分を懸命に抑えた。
 リョウも動く事ができず、ただ信也の肩を支えていた。
 リョウだけは守らなければ。
 そうしなければ、自分が生き残った意味がない!
 けれど、どうしようもなく手が震える。リョウに「逃げろ」と言ってや
る余裕もなかった。少しでも他の事をすれば、剣が滑り落ちてしまいそう
だった。
 信也のその思いを見透かすように、アレクトがあざ笑う。
「地獄で弟に詫びるんだね」
「……」
 信也は目を閉じた。その通りだと思った。
(ごめん……みんな)
 正也が地獄にいるとは思わないが、自分は正也と同じところにはたどり
着けないだろう。謝る声が届いてくれるといいのだけど。
(正也……ごめん)
 信也は覚悟を決めた。
 その時だった。
『……也』
 内側から、声が聞こえた。
『信也』
 自分の名前を呼ぶ、自分と同じ声。
 剣を握る左手に、あたたかいものが触れる。
 と、剣が突然、しっくりと手のひらになじんだ。
 利き手の時と全く同じに。いや、それ以上に。
(……いける!)
 剣の震えがぴたりと止まる。信也は目を開けた。
「なっ……」
 剣先にあるのは、アレクトの驚愕の表情。
 その額の黒水晶に、信也は剣を突き出した。
 ぱきんと、ガラスを突き割った時のような感触があった。
 アレクトの体が闇に包まれる。
 怨嗟の声が響き、闇の中で、アレクトの体が崩れ落ちて行く。
「パンドラ様……申し訳、ありません」
 最後に2つに割れた黒水晶が落ち、崩れて消えた。
 ほぼ同時に、信也は長刀を取り落とした。
「信也!」
 信也は自分の左手を見つめていた。
「……なあ、リョウ」
「どうしたの? どこか痛い?」
 信也は違うと否定してから、尋ねた。
「正也って、左利きだったよな?」
「そうだけど。何で正也が」
「これ、正也の」
 信也は転がった剣と、リョウの傍らの鞘を交互に見た。
 兄弟が多かった信也の家では、母親が兄弟の持ち物を色で区別していた。
 末っ子の妹はピンク。下の弟は青。信也は赤。正也は緑。
 リョウの傍らの鞘の色は、深緑。
 自分を呼んだ、自分と同じ声。
 まるで自分の剣のように、左手になじんだあの感触。
「正也……守ってくれた……」

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