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 その翌日だった。
「絵麻ちゃん! 絵麻ちゃん、いるー?」
 珍しく自室にいた絵麻のところに、ぱたぱたとアテネ=アルパインが走っ
てきた。
「いるよ? どうぞ?」
 勢いよくドアが開き、くるくるしたくせっ毛のプラチナブロンドをした
女の子が飛び込んでくる。
「絵麻ちゃん、時間ある?」
「うん。やらなきゃいけないことはないけど」
「教会に行こ! みんな集まってるから」
「……みんな?」
「うん!」
 アテネは言うと、ずるずると絵麻を玄関まで引っ張っていった。
 そこには第8寮の住人が全員顔をそろえていて。
「どうしたの?」
「昨日シスターとお話してたら、今日、ちょっと荷物の整理しないといけ
ないんだって。それで!」
 人数集めに全員狩り出したらしい。人と積極的に関わりたがらない封隼
までそこにいる。
「いやー、アテネに任せると集まるなあ」
 シエルが妹の頭をぐしゃぐしゃと撫ぜ回す。
「こういう時の悪知恵は働くんだよな……僕、本読んでたんだけど」
「ほら、文句言わない!」
 シエルと唯美に言われて、翔が苦笑いする。
 積極的に逆らう気はなかったようで、他からも文句は出ず、全員で歩い
て行く事になった。第8寮はエヴァーピースの中心地からは離れているた
め、周囲に人家はない。5分ほど歩く教会兼孤児院が、いちばん近い人の
住む場所だ。
 孤児院では年長の男の子が手伝って、庭に荷物を運び出し始めていた。
年長といっても10歳前後の、まだ小さな子だ。
「あ、兄ちゃん達だ!」
 その中で奮闘していたプラチナブロンドの男の子が、絵麻たちの姿を見
つけると走ってきた。彼と一緒に荷物を持っていた少し小さな、黒髪の男
の子がバランスを崩してその場に転ぶ。
「あ……」
 わりと庭の近くにいた翔が、黒髪の男の子の方に駆けていく。
「ディーン」
「シエル兄ちゃん!」
 翔と入れ違いに走ってきた男の子――ディーンを、シエルが抱きとめて
やる。
「よ。元気してた?」
「うん!」
「ケン……ケネス、大丈夫?」
 半分泣きかけていた黒髪の男の子は、自分に声をおずおずとかけてきた
翔を見つけると、大きく目を開いて。それたら、翔のジーンズの足にしが
みついた。
「翔兄ちゃん」
「わっ……」
 思いがけない力に、翔はバランスを崩しかけたが何とか踏みとどまった。
「翔兄ちゃん、戻ってきた!」
「……うん。戻ってきたよ」
 翔は言うと、ぎこちなくケネスの髪を撫ぜた。
「ディーン。シスターとフォルテたちは?」
「フォルテは風邪ひいて部屋にいるよ。シスターはあっち」
 ディーンが指した先で、この教会と孤児院の責任者であるシスター・
パットが車椅子にも関わらず、荷物を膝にのせて、自分だけで車椅子の車
輪を動かそうとしていた。慌てて唯美が走っていく。
「シスター! 無茶しちゃダメだよ」
「唯美。来てくれたの?」
「指示出してください。男手総動員してきたんで」
 そういうことで、男性陣は荷物運びを手伝うことになった。リョウはフォ
ルテを診察に行き、いい機会だからと一度道具を取りに戻り、アテネを助
手にして子供たちの健康診断をはじめた。
 唯美は男性陣と一緒に荷物運びをし、絵麻とリリィはメアリーとミオと
一緒に、出てくる汚れ物の洗濯を手伝うことにした。
「いやー、手が多いと助かる助かる」
 メアリーが快活に笑う。
「ところで絵麻。ついに翔とくっついたって……」
「干してくるっ!」
 絵麻はすすぎ終わった洗い物の入ったかごをつかむと、洗濯場を走り出
た。メアリーとリリィが笑う声が後ろから聞こえた。
「もう……」
 でも、それは決して嘲笑や、相手を不愉快にする笑いではなくて。
 絵麻はかごを抱えなおすと、孤児院の裏手にある干し場に向かった。
 リリィとメアリーは洗い物を。絵麻はミオと一緒に干し物をやっている。
ミオは干し場にいるはずだ。
「ミオさん、新しい分……」
 声をかけようとして、その時、絵麻は干し場にミオだけではなく、別の
人がいる事に気づいた。
 銀髪を後ろで束ねた、長身の人物。Mr.PEACEの秘書であるユー
リ=アルビレオだ。
(……ユーリ?)
 絵麻は立ち止まった。
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