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 思いがけずにユーリを見つけたというのもあるし、何より、ミオのいつ
も儚げな表情が悲しみに曇っていたせいもあった。
「もうすぐなんです。もうすぐだから」
 ユーリはミオのもう一方の手をとり、真剣な面持ちで何かをささやいて
いた。
「やめて……これ以上期待させないで!」
 ミオが子供のように首を振る。
「まだ間に合います。僕は、まだ貴方の事を」
「嫌よ。もう信じられない! 信じたくもない!!」
「イオ……!」
 その時、絵麻の視界をノイズが掠めた。
 真夜中のテレビの、白黒のノイズ。ざらざらという不快な音が、絵麻の
全身に入りこんでくる。
(やっ……)
 走った頭痛に、絵麻は額を押さえて目を閉じた。
 目を開けた時、そこにはやはりミオとユーリがいた。
 けれど、2人の様子は全く異なっていた。ユーリは今より5歳は年下で、
ミオの亜麻色の髪は短く切られていた。服装も違う。
「イオ、2人で逃げよう。行っちゃダメだ!」
「ユーリ……」
 彼女は苦しげにユーリを見た。彼のアイスブルーの瞳に映る感情を確か
めていた。
「イオのせいじゃないんだ。イオは何も悪くなかったんだ!」
 その言葉に、彼女は弾かれたように激しく首を振った。
「違う……悪いのはあたしよ。姉さんはあたしの……あたしのせいで姉さ
んは死んでしまった」
「そうじゃないよ! あの人のいいぶんなんか気にしちゃダメだ。八つ当
たりだ」
「だとしてもね……ユーリ、あたしは行かなきゃ」
「イオ!」
 泣き濡れた琥珀の瞳に、悲壮な決意があった。
「フーガと、ピアノとピアニシモ……姉さんの子供たち。あの人のように
ならないように守らなきゃ。姉さん、いちばん気にしてたから」
「そんなの、どうだっていいじゃないか! イオ、お願いだから僕と一緒
に逃げて。僕が守るから、僕はずっとイオのこと」
「止めて……辛くなるから」
「イオ……!」
「ユーリ。ありがとう。あたしも貴方が好きだった」
 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、彼女は笑っていた。
「絵麻?」
 声をかけられ、肩を叩かれて。絵麻はびくりと肩を強張らせた。
 ミオが不審げな顔で絵麻の顔を覗いていた。その髪はいつものように長
く、表情には悲しみの影がくっきりと残っていた。
「ミオさん……ユーリは?」
「ユーリ? いないけど?」
「え?」
 絵麻は干し場に視線を向けた。
 そこでは太陽の光を浴びて、洗濯物が風に揺れているだけだった。
「あれ……?」
「大丈夫? 具合悪いの?」
 絵麻はぱちぱちと目を瞬かせた。
 いつもの、幻。
 ユーリも、幻だったんだろうか。
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