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 結局、絵麻のはじめての喫茶店は翔とだけではなく、信也とリョウと
同席することになった。
 絵麻はリョウと。翔はその向かいで、信也と座っている。
「2人でジャケット買いにきたの?」
「何でわかるの?!」
「翔が新しいの着てるから。そんなに驚かなくても……」
 跳ね上がった絵麻の声に、リョウが苦笑いする。
「絵麻、可愛いな」
 真っ赤になって顔を伏せた絵麻の髪を、リョウがぐしゃぐしゃにする。
「最近こんなのばっか……」
「苦労も幸せのうちだと思ってあきらめなさい」
「2人は何してたの? 逢引?」
「あー……いや、その」
 翔に聞かれて、信也はがりがりと後頭部をかき回した。
「リョウ、どうする? 今もう言っちまうか?」
「うん……どっちにしろ話すって決めてたし。場所と絵麻がいるかいない
のか違いでしょ?」
「ま、そうだけど」
「?」
 2人の顔が赤い。
 しばらく、お互いに目顔で相手を促していた信也とリョウだったが、覚
悟を決めたのは信也だったらしい。
「俺たち、入籍しようかって」
「えっ?!」
「入籍って、結婚?!」
「声が大きい!」
 さっきよりも跳ね上がった声をあげた絵麻の口を、慌ててリョウがふさ
ぐ。
「え、だってだって結婚って……」
 絵麻は真っ赤になって両手を振り回した。翔の方も驚いたようで、信也
をじっと見ていた。彼は僅かに頷いた。
「元々話はあったのよ。3年前くらいからかな」
「そんなに前から?!」
「だから、声が大きいって……やっぱり後にすればよかったかな」
 リョウはきょろきょろと周囲を見回した。
「でも、気になるよ。声小さくするから教えて?」
「何で入籍しなかったの? 3年前ならNONET関係なかったでしょ
う?」
「俺が割り切れなかったんだよ」
 信也はそう言って、息をついた。
 視線は傍らに立てかけた、深緑の鞘の剣を見ている。
「あ……弟さんのこと?」
「そういうことだ」
 信也とリョウとは幼馴染で、兄弟同然に育った。しかし2人だけではな
く、信也の双子の弟、正也も一緒だった。6年前まではずっと3人一緒だっ
たという。
 しかし、その関係は6年前に均衡を失って。
 リョウと正也は医者の道に進んだのだが、信也は違った。そして、リョ
ウと正也に結婚話が持ち上がった。
 双子の弟と幼馴染の幸せを、信也は祝福するつもりでいた。自身の想い
は割り切れなかったが、そうするつもりだった。故郷が襲われるまでは。
 故郷が襲われ、命の危険にさらされた時、信也は横にいた双子の弟を、
彼の剣を奪って死なせてしまった。深緑の鞘の剣は信也のものではなく、
弟、正也のものだ。
 だから、ずっと割り切れなかった。同じ胎内にいて同じ日に生まれたの
に、あまりにも境遇が違ってしまった自分と弟。
「最近、少し吹っ切れたというか……リョウのことこのまま1人にしちまっ
たら、今度こそ正也に殺されるかなとか」
「そんなことないと思うけど」
「今年20だしな。リョウのことこれ以上待たせるのもどうかと思うし」
「『今年20だから』……って、そんな」
「絵麻はそう言うけど、あたしやリリィの年でまだ結婚してないって結構
切羽詰ってるのよ?」
 ガイアは13歳で成人する世界だから、20歳で独身というのは、現代日本
で計算すると30歳前くらいということになる。
 それなら焦るかもしれないけれどというのは、まあわからなくもないの
だが。横にいるリョウは、まだ学生で充分通じる外見の持ち主だ。
 その彼女と、彼女より年下のリリィが結婚で焦るというのは正直、わか
らない。
「んー……」
「とりあえず……おめでとうございます」
 翔の方は神妙に、2人に頭を下げた。
「いや、まだしないから」
「え?」
「今あたしたち抜けるわけにいかないでしょ? それで翔にだけ話すって
ことにしたんだけど、翔に言ったらまず間違いなく絵麻には話伝わるだろ
うなあと」
「結婚したら、抜けちゃうの?」
「別にこのままでもいいんだけど」
「パス。僕らが気を使う」
 翔はあっさり言い切った。
「え、翔は2人いなくなっちゃっていいの?! 寂しくないの?」
「寂しいに決まってるよ。けど、新婚さんの邪魔するのもどうかと思う。
危ない事させたくないよ」
「そっか……」
 自分の気持ちしか考えなかったなと、絵麻はうつむいた。
「NONETは続けるつもりでいるけど」
「え? 抜けた方がよくない?」
「俺たち2人抜けて、お前だけでシエルたちの面倒見切れるか?」
「うっ……」
 その言葉に、翔は二の句が継げずに黙ってしまった。
 翔だけでは確実に無理だ。信也とリョウだからフォローに回れるという
部分が、確実に存在する。
 家族――兄弟の有無が大きな部分なのだろう。翔はずっと1人だった。
気遣ってくれる人もなく、自分を守るので精一杯だった。対して、信也は
幼い頃から弟妹の面倒を見ていた。リョウも彼と一緒にいたから、扱いを
心得ている。
「ごめん……僕には無理」
「だろ? 正直、リョウだけは抜けさせたいんだけどな」
「ダメ。リリィや唯美任せられない」
「……わたしたち、迷惑?」
「そんなこと一言も言ってないけど?」
 小さく言った絵麻に、リョウは少し強い調子で言った。
「絵麻の悪いクセよ。あたしは、絵麻がいないと嫌よ? リリィがいなく
ても、唯美がいなくても、アテネがいなくても嫌」
「そういうこと」
 信也が手を伸ばして、絵麻の頭を小突いた。
「誰も悪くなんかねえよ。翔が面倒見れたらいいなってだけだから」
「え、僕?」
「お前らは? 結婚しないの?」
 翔は口をつけていたコーヒーを吹き出した。
「きゃっ!」
 正面にいた絵麻は、反射的に声をあげてしまう。
「ふきんふきん……」
「お前、ガキみたいだな」
「信也がいきなりこっちにふるからっ」
 リョウがふきんでテーブルをふいて、苦笑いする信也に翔は憮然として
いる。
「で、結局どうなの?」
「そういう話、一言もしてないんだけど……」
「けど、翔だって20歳でしょ?」
「うん……僕は、できることなら、内戦終わったら、絵麻と一緒になりた
いとは思ってるんだけど。絵麻は迷惑かも」
 その時、店内に静かなピアノメロディを流していたラジオの音が唐突に
切れ、緊迫した声が割って入った。
『速報です。中央西部アイツールシティに武装集団による襲撃があった模
様です。付近の住民の方は速やかにPC自衛団の指示に従い避難してくだ
さい。繰り返します、中央西部アイツールシティに……』
 ざわっと、絵麻の体に緊張が走る。
 翔が素早く通信端末を確かめ、「こっちに連絡は来てない」と小さく
言った。
 そのあとで、彼は微かに苦笑いめいた表情を浮かべて。
「こんな状態だから、僕は当分結婚できないね」
 そう、低い声で言った。
 だから、絵麻はプロポーズされたかもしれないという興奮の感覚を、表
に出す間もなく忘れてしまい、そうして二度と思い出す事はなかった。
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