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「翔に付きまとってる女の話?」
 その日、翔、信也、リョウの3人は夕食の席にいなかった。
 信也とリョウは夜勤。翔は絵麻が呼びに行くと「調べ物をするから後で
いい」とそっけなく言って扉を閉めてしまった。
 ローストポテトをもぐもぐやりながら、シエルが言う。
「聞いたことない?」
「オレは特に……」
「ぼく、あるよ」
 言ったのは哉人だ。
「それホント?!」
 椅子を蹴立てて、自分の方に身を乗り出した絵麻を冷めた目で見てか
ら、哉人は続けた。
「翔の学生時代の同級生……ってウワサ」
「同級生」
「アタシ、元彼女って聞いたけど」
「彼女?!」
 唯美はにやにやしている。意地が悪いのか、それとも絵麻の素直な反応
を楽しんでいるのか。多分、両方の相乗効果だろう。
「翔、彼女いるんだ」
「翔って今年20歳だろ? 付き合った女の1人や2人いるって」
「恋人いない歴イコール年齢のお前とは違うもんな」
 またポテトを食べているシエルに、哉人が冷静につっこむ。
「……お前はどうなんだよ」
「お兄ちゃん、お嫁さんになってくれる人いなかったら、アテネがお兄ちゃ
んのお嫁さんになるから!」
「こらこら」
 話が倫理的に破綻しだしたので、慌てて唯美が止める。
「彼女……いるんだ……」
 絵麻だけが顔にすだれをかけて、どよんとしていた。
「でも、私は翔は絵麻のこと好きだと思うよ?」
「……リリィ?!」
 リリィは涼しげに笑っていた。
「な、な、な、何言って……」
「絵麻、顔が笑ってるよ」
「……」
 絵麻はエプロンを口元まで引っ張りあげた。
「翔が絵麻のこと見てるの、横で見てればすぐにわかるよ。翔は本当に絵
麻のこと大切にしてるから」
「嘘だ。翔はみんなに優しいもん」
「それ、誤解だと思うんだけど」
「翔って優しくないぞ?」
 絵麻が言った言葉に、全員から反論が返って来た。反論しなかったのは
封隼とアテネ――絵麻より後から来た2人だけだ。
「絵麻が来てからだよね? 翔が雰囲気変わったの」
「前はもうちょっと張り詰めた感じだったな。オレ、実はちょっと近づき
づらかった」
「平民の性だな。ぼくは相手利用するタイプだけど」
「翔さん、優しくなかったの?」
 アテネが兄の方に身を乗り出す。
 シエルは妹のふわふわしたくせっ毛を軽く撫ぜてやると。
「何ていうかな。もっと張り詰めて、カリカリして……少なくとも今の優
しさはなかった」
「多分、本人上手く隠してたつもりなんだろうけど。バレてるって」
「翔って、ポーカーフェイスが上手いんだけれど、本当に隠したいことっ
て、実は全然隠せてないんだよね」
 リリィが笑う。
「そうなの?」
 絵麻には想像できない話だ。
「だって、絵麻のことを好きって気持ち、隠せていないもの」
 リリィは心の底から楽しいというように、朗らかな笑顔を見せた。
「違うよ」
 絵麻はぶんぶんと首を振る。
「だって、翔はわたしより3つ年上で、いい学校出てて、カッコイイし優
しいし、わたしはとろいし世間知らずだし何も考えてないし……」
「絵麻ー。自分に自信ない人間は不幸になるだけだよ?」
「そうだよ。絵麻ちゃんいいとこいっぱいだよ? お料理上手だし、気配
りできるし」
「……」
 絵麻は駄々っ子のように首を振り続けた。
 頭の中が甘く混乱していた。
「絵麻、もし翔のことを何とも思っていないんだったら、私が告白しちゃ
っても構わない?」
「リリィ?!」
 突然の爆弾発言に、全員の視線が集中する。
 その視線を受けて、リリィはにこりと笑った。
「実は前から翔のこといいなって思ってたんだけど」
「ダメ! 絶対ダメ!!」
 思い切り立ち上がった拍子に椅子が倒れ、派手な音が響いた。
「絵麻……」
 非難の視線の集中砲火に、たちまち絵麻は顔を赤くする。
「……寝る」
 今日は顔を赤くしてばかりの気がする。
 いてもたってもいられなくなり、絵麻はぱたぱたと台所を飛び出した。
「早く告れよー」
「お幸せにー♪」
 ひとしきりからかう男性陣を横目に、唯美がリリィに聞く。
「リリィ……ひょっとしてさっきの、本気?」
「さあ?」
 リリィはにこにこと、読めない笑顔を向けた。
「しゃべれるって楽しいね」
「……アンタ、実は性格悪かったのね」
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