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 その頃。
 翔は研究資料と称して、PCの食堂で本を読んでいた。
 PCの図書室から借りてきた本と、国立図書館から借りている本。貸し
出せなかったものや電子媒体のプリントアウト。それらが山を形成してい
る。
 翔は3冊ほど本を広げてあちこち調べていたのだが、やがて行き詰った
らしく1冊閉じるとその上に頬杖をついた。
「おかしいよな……」
 開かれている本のページに、青い石――青金石の写真が載っている。
 翔は絵麻のラピスラズリを調べていたのだ。
 パワーストーンであふれているガイアという世界で、ラピスラズリは特
別なものだった。
 神話の「平和姫」が持っているのがラピスラズリ、という伝説がこの石
の起源だが、めったに発掘できないのだ。
 翔自身、ラボで小さな欠片を一度見ただけである。
 絵麻が持っているのはラピスラズリの純結晶なのだ。ラピスラズリは様
々な鉱物が混ざり合い、それゆえ「全てに通じる石」と呼ばれている。な
ので「純結晶」というのは正確な事をいうと間違いなのだけれど……。
 ラピスラズリのマスターは記録に残る限り「平和姫」だけだ。翔や他の
メンバーの石は他の前例が存在するのだが、ラピスラズリ――絵麻に限れ
ば、伝説以外の「事実」としての前例は存在しない。
 だから、未知数で、何が起こってもそれは新たなデータとなるべきもの
なのだが。
「人の領域、越えてるよね」
 翔はがりがりと焦げた指先で頬をかいた。
 絵麻が発揮した能力は光を操るものだ。それを翔は、光の粒子を操って
攻撃や防御、治療を行うものだと解釈していた。
 けれど、絵麻は最近別の能力を発動させている。
 亜生命体を浄化した。これは天青石の能力だ。普通、マスターは1つの
石の能力は引き出せるが、別の石の能力は引き出せない。
 リリィを死の淵から引き戻した。これもどちらかといえば月長石の能力
だろう。
 あの場に月長石はなかったし、そもそも死亡した人間を生き返らせるの
は無理なのだ。
 絵麻は、何をやったんだ……?
 ラピスラズリというのがそういう力なんだと結論付けて、終わりにして
しまってもいいのかもしれない。
 けれど、翔には不安に思っていることが1つある。
 石が強力な力を発揮すればするほど、絵麻が衰弱していることだ。
 幻覚に悩まされて、果ては自らの呼吸が止まって――あの時、どれだけ
心配したか。
 絵麻はわかっているのだろうか?
 自分にとって、絵麻はとっくの昔に放っておけない存在になっているこ
とに。
 自分のことよりリリィを心配した彼女のことを、思わず抱きしめてしまっ
た。リリィには悪いのだが、あの時、翔はリリィのことを考えていなかっ
た。絵麻のことだけが心配だった。
 ただ……。
「……」
 翔は自分の、火傷痕が残る手を見つめた。
 赤黒く焼け爛れて、皮下が露出する手。子供の頃は「気持ち悪い」とか
らかわれ続けた。
 この手は汚れている。汚れすぎている。
 触れた相手を皆汚して、同罪にしてしまうような気がした。
「僕は……間違ってるかな」
 小さく呟いて、翔は鞄から別のファイルを出すと開いた。
 そしてそのままファイルの内容に没頭しだしたので、少し離れた席から
自分を見つめる、黒髪の少女に気がつかなかった。
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