眠り姫 2

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「姉さん、大丈夫?」
 薄暗い回廊を、封隼は唯美に肩を貸して歩いていた。
「うん……」
 唯美は虚ろな目をしている。歩いているといっても、足はほとんど動いておらず、半ばひきずられるような状態だ。
 2人の服は血で赤く染まっている。封隼のシャツは唯美の肩に巻きつけられていたが、べっとりと血がついていた。
 唯美は大怪我をしているのだ。
 本当なら動かさないほうがいい。けれど、動かず待つよりはリョウと合流した方が助かる可能性が高い。
(しまった。唯美姉さんを置いてリョウを探したほうがよかった)
 封隼の足が止まる。
 こんな初歩的なことを見落とすほど、自分も焦っているのだろうか。
(いや。敵が出る可能性もあるんだから――)
「封隼……」
 気だるそうな声で呼ばれ、封隼は唯美の方を向いた。
 虚ろな目が今にも閉じてしまいそうだ。顔に血の気がない。
「唯美姉さん!」
 唯美は反応しなかった。
「姉さん? 姉さん!!」
 その場に唯美をおろし、頬を叩く。しかし、唯美は目を閉じたままだった。
「そこにいるのは誰だ?」
「姉さんって呼んでるって事は、封隼なの?」
 その時、廊下の向こう側から声がした。
 封隼が視線を上げると、そこにリリィとリョウ、信也の3人がいた。全員疲れきった様子で、服が裂け血に染まっていたが、無事なようだった。
「リョウ!」
「どうしたのそんな格好で。唯美は?」
「助けて。姉さんを助けて!」
 叫ぶ声は今にも泣き出しそうだった。
「診せて」
 リョウが唯美に駆け寄る。唯美は既に目を閉じていた。顔色はほとんど白に近く変わっている。
「どこを怪我したの?」
「姉さん、助けて……」
「だから、どこを怪我したの?!」
 信也が唯美に巻きつけられていたシャツをほどいて、傷口を確認する。
「肩だな。引き裂かれてる」
「わかった。唯美、今治してあげるからね!」
 リョウは言うと、ブレスレットをつけた左手を唯美の肩にかざした。
 左手から暖かい光が生まれ、傷口にしみこんでいく。
「う……」
 少しの後、唯美が小さく呻いた。眉を寄せて目を開ける。
「唯美! わかる?」
「リョウ……?」
 唯美は懸命に視点を合わせようとしていたが、やはりつらいようだった。
「い、たい」
「大丈夫よ。すぐに処置できるところに連れて行くから」
「リョウ……封隼、殴っといて……」
「え?」
「あの、バカ……全然自分、の事考、えな……い、だから」
「わかった。あとでいくらでも聞くから黙りなさい。つらいでしょう。
 信也、背負ってあげてくれる?」
「わかった」
 大柄な信也に背負われて、唯美はことりと彼の背に頭を落とした。
「封隼」
 呼ばれて、肩に暖かいものが触れる。リリィが自分のショールを着せかけてくれていた。
「リリィ」
「凄い格好になってるよ」
 シャツを唯美の手当てに使ったので、封隼は上半身裸だったのだ。
 その時、ばたばたと足音がして、封隼が歩いてきた方向からシエル、哉人、アテネの3人が走ってきた。
「見つけた! みんないるよっ!」
「シエル! 無事か?」
「何とか。そっちは?」
「唯美が重傷」
「唯美ちゃん?!」
 アテネの声が裏返る。彼女はばたばたと、信也に背負われた唯美のところに走り寄った。
「唯美ちゃん。唯美ちゃん!」
「……アテネうるさい」
 唯美が眉を寄せる。
「応急処置はしたから、なるべく早くにちゃんと手当てできるところに行きたいんだけど」
「絵麻と翔は?」
「わかんないの。どこにいるんだろう」
「0階級の奴を1人倒したけど、他は?」
 情報をつき合わせてみると、リリィが1人、封隼が1人倒していた。
「全部倒したのか?」
「あとは不和姫本体だけか」
 その時、壁の向こう側から、絵麻を呼ぶ声がした。
「ねえ! 今、向こうから声が」
「絵麻になんかあったのか?!」
 リリィが廊下を走り、壁の向こう側へ行ける通路を見つけて走りこむ。
そこはがらんどうの広間になっていた。
 その広間の中央に、翔がいた。
 彼は床に膝をついて、何かを腕に抱えていた。それが絵麻だと気づくのに、少しかかった。
 誰かの息を飲む音がする。
「絵麻……?」
「絵麻、翔! どうしたの?」
 リリィは翔に走り寄った。
 翔は真っ青な顔をしていたが、怪我をしている様子はなかった。絵麻は目を閉じたまま動かなかった。
「翔、絵麻は?」
「起きてくれないんだ……」
「え?」
「何度呼んでも、目を覚ましてくれないんだ! どこにも怪我してないのに。
戻ってきてくれたのに!」
「翔、落ち着いて」
「診せて」
 側まで来ていたリョウが、絵麻を覗きこむ。彼女はいろいろと調べていたがやがて困惑したような顔になった。
「どこも怪我してないのよね?」
「そうだよ」
「呼吸も脈拍も正常よ。寝てるだけみたい」
「じゃあ、何で起きてくれないんだよ?!」
 翔の悲鳴のような声が響く。
「翔」
 しばらくの沈黙の後で、信也が言った。
「不和姫はどうした?」
「絵麻が平和姫を呼んで消滅させた。だから絵麻が……!」
「一旦帰るぞ」
「え?」
 信じられない言葉を聞いたといった顔をした翔に、信也は自分の背を振り返りながら告げた。
「唯美が怪我してる。早く処置してやらないとまずい」
「それなら絵麻だって!」
「眠ってるんだろう? それだったら唯美の方が優先だ」
「翔」
 リリィにも促されて、翔は渋々といった様子で従った。そっと、腕の中に絵麻を抱き上げる。
 絵麻は翔の腕に抱かれて、安心して眠っているように見えた。
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