「リリィさん……?!」 駆け寄ろうとするアテネを哉人が制する。 「さあ、殺せ。男は皆殺しにしろ。女は後でたっぷり可愛がってやる」 「はい」 「リリィ……何でだ?」 「私は、マーチス様の奴隷よ。PCのせいで、あの方の妾であったのを忘れ ていたの。ただそれだけよ」 リリィの表情も、声も、氷の冷たさだった。 「誰から死ぬ? シエル、貴方から? 妹が慰み物になるのを見る前に死んだほうがいいんじゃない?」 「リリィって、そんなに汚い奴だったっけ?」 シエルは真っ直ぐにリリィを見ていた。 「私は元々汚れた女よ。本当の事を偽っていただけ」 リリィは悪びれずに言い切ると、絵麻と翔に刃を向けた。 「どうしたの? 能力を使って私を殺さないの? そうすればアテネだけは守れるかもしれないのよ? 絵麻と翔は死んじゃ うけど」 風を呼べばリリィを殺せるだろう。 けれど、リリィもマスターならではの反射神経で、風に巻き込まれる前に 刃を投げることは可能だ。 そして、絵麻と翔には避ける術がない。 「私は、貴方たちの甘さを知ってる。まさか私を殺すなんてできないよ ね?」 言って、刃を大量に具現化する。 「全員死になさい!」 その時、哉人が声を上げた。 「早く!!」 刃が放たれるのと、その刃に炎が注ぐのは同時だった。 「リリィ!!」 廊下の角になって隠れた部分に、いつの間にか信也とリョウがいた。 「……信也」 リリィの表情が僅かに曇った。 リリィの能力は「氷」。対して、信也は「炎」。 この2人では相殺になってしまい、決着がつかない。 「絵麻、翔!」 リョウが駆け寄って2人を助け起こす。 「僕はいいから、絵麻のこと頼む」 ぐったりと脱力している絵麻をリョウは抱えた。後退しようとした時、 しゃにむに絵麻は暴れた。 「リリィ!!」 「絵麻、動かないで」 「嫌だ! リリィ、嫌だよ!! こんなのは嫌だよ!!」 泣くしかできない自分がもどかしかった。 「……うるさい」 リリィは凄い形相で絵麻を睨むと、具現化した刃を投げつけようとした。 「!」 信也が能力でその刃を消滅させる。しかし、この状態は長くは持たない。 いたちごっこを続けるには体力が足りなかった。そもそも、マスターとし ての潜在能力はリリィの方が信也よりはるかに高い。 「……ごめんな」 信也は呟くと、日本刀を振るって炎の壁を出現させた。 壁に隔てられ、リリィはこちら側に来る事が出来ない。 「行くぞ!」 信也が翔を助け起こして、そのまま全員を一ヶ所に集める。リョウが戻り 玉を取り出して床に叩きつけた。 「リリィ……!」 次第に景色がぼやけ、リリィの姿も霞んでいく。 リリィは目を閉じていた。 その頬に涙が光っていたのは、錯角だったのだろうか?