「さっきはびっくりしたわー」 第8寮に戻って、ソファに落ち着いたリョウが言う。 「ごめんね」 絵麻は紅茶を出しながら詫びた。 「ううん。大丈夫」 「何かあったの?」 パソコンの前で調べ物をしていた明宝翔が口を挟んだ。 青色がかって見える黒髪で。深い茶色の目は眼鏡の陰になっていた。 「あれ? 翔ってメガネかけてたっけ?」 「ちょっとね。それより何があったの?」 「あのね……」 絵麻はさっき自分に起こった出来事を翔に話した。 「そういうの、前からあったの?」 「起きてる時になったのははじめてよ。変な夢ならもっといっぱいあるけど」 「そっちも教えてくれる?」 翔は手近にあった紙とペンとを持ってきて、本格的に聞く姿勢を取った。 「変な夢を見るの。同じ人が続けて出てくるの」 「同じ人……名前とかわかる?」 「えっと」 絵麻は言葉を切って考えた。 「今朝出てきた人は「カムイ」って呼ばれてた。いちばん出てくる人が「ライ ガ」で、その人の弟が「ヒョウガ」だったかな」 「ヒョウガ……ひょっとして、氷の牙って書く?」 「そこまではわかんない」 絵麻は首を振った。 その夢の中で、絵麻が視点となって見ている女性はライガと呼ぶ男性の事を 心から信じ、愛している。 それを告げるのは照れがあって、絵麻は言えなかった。 「氷牙……ってことは、ライガは「雷牙」かな」 「? 何か心当たりあるの?」 「なくはないんだけど」 言って、翔は机に置いてあった分厚い本を一冊、トンと叩いた。 絵麻は表紙の文字をたどたどしく読んでいく。 「……人名目録?」 下に判が押してあって。それは中央首都図書館の蔵書である事を示す物だっ た。 「この前借りた奴?」 「うん」 「何を調べてるの?」 「確証のないことってあんまり言いたくないんだけど……」 翔は口を濁し、間を持たせるように眼鏡を外してレンズをみがいていたのだ が、2人の視線に耐えかねて結局白状した。 「100年前のこと」 「100年前?」 「これ以上はパス」 言うと、彼は資料をまとめて2階の自分の部屋に上がって行ってしまった。 「何なんだろう……」 絵麻は夕ご飯の支度をしながら、小さくぼやいた。 最近、妙な夢の回数が増えている。 自分の存在が妙なのは毎回の事だが、今回のこれは誰か他人の心を覗いてい るようで。 その事が、覗いてしまった相手に対する罪悪感を絵麻に感じさせていた。 「?」 ふいに、視界に白い繊手がひらひらと舞った。 見ると、リリィ=アイルランドがその新緑色の目で、心配そうに自分を覗き こんでいた。 「ああ……ごめんね。ちょっと考え事」 心配そうな彼女に、何も気にする事はないと笑いかける。 「大丈夫だよ」 その言葉に、リリィはまだ少し不安げだったが、それでも自分の作業に戻っ た。 夕方の光に、見事な金色の髪が反射して輝いている。 手製のエプロンをかけ、家事をしているわけだが、そんな庶民的な姿でさえ、 リリィは1枚の絵画のように綺麗だった。 眩しい光に、絵麻は目を細める。 その狭まった視界に一瞬、薄暗い部屋がよぎった。 白い肌を晒して、金髪の女の子が泣いている。押し殺した声で泣いている。 (え?) 絵麻は目をこすったのだが、もうその光景は見えなかった。