Mrの執務室は、絵麻の記憶にあるものと同じだった。
あの日は窓の外は夜の闇だったが、今日は夕暮れの紅。
入ってくる赤い光が、部屋の中に陰を投げかけている。
(あれ? あそこだけ本棚が途切れてる……)
本棚で囲まれているとばかり思っていた部屋の壁が、一ヶ所だけ途切れてい
た。
壁と同じ、目立たない色に塗られているのは……扉?
「信也くん、翔くん、リョウちゃん、リリィちゃん、絵麻ちゃんですね」
絵麻の思考は、ユーリの声で遮られた。
「はい」
信也が返事をして、真っすぐに立つ。
「始めようか」
真正面に立ったMr.PEACEの視線は、5人の心の奥底まで見透かそう
とするかのようだった。
「秋本信也」
信也がすっと、姿勢を正す。こげ茶色の瞳が、真っすぐに見つめる。
「明宝翔」
翔はしっかりと顔をあげて。
「リョウ=ブライス」
腕を正した拍子に、リョウのブレスレットが掠れた音を立てた。
「リリィ=アイルランド」
呼ばれて顔をあげた時にリリィの金髪が揺れて、光を反射する。
「深川絵麻」
どきっと、鼓動が跳ね上がる。
さっきの暖かいリズムとは違う。もっと暗い、深く静かなもの。
絵麻は反射的に背筋を伸ばし、顔を上げた。
「君たち5人を『NONET』とします」
「はい」
Mrが言った。
「『永遠の誓い』にかけて、我々は『NONET』を補佐する。
代償として、『NONET』には我々の手駒となってもらう」
シンと、部屋に静寂が降りる。
その後で、信也が口を開く。
「僕達は貴方に従います。平和姫の『永遠の誓い』にかけて」
「……承知」
Mrは緩く笑った。
その笑い方が、どこか陰湿に見えて、絵麻はじっとみつめてしまった。
「……何か、聞きたいことでもあるのか?」
絵麻はびくっとして。
「あ、えっと……そうだ、名前」
「名前?」
「不思議に思ってたんです。Mrの名前って、何ていうんですか?」
「……」
Mrが黙り込む。
向こう側で、翔たちが困った顔をしている。
(う……失敗した?)
絵麻が軽く錯乱していると。
「……………緋牙」
小さな声がした。
「え?」
「『緋牙・T=ボルゴグラード』だ」
Mr.PEACE……緋牙は、はっきりとそう言った。
「ヒガさん?」
「満足か?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「もう帰るといい。暗くなってきた」
Mrはそう言って、5人に背を向ける。
「失礼します」
5人はユーリに頭を下げて、部屋から出た。