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「結構混んでるな……」
 絵麻は人混みを逆向きに進んでいた。
 4時はPCの終業時刻だ。孤児院で思いのほか長居をしてしまい、今こうし
て翔と待ち合わせしたPCの正門に向かっている。
 前は人混みが苦手だったはずなのに、どうしてだろう。
 苦手だったものは、随分あったはずなのに。
 今では、いつの間にか、苦手が少なくなっている。
 人混みをPCの正門まで逆上って行くと、普通の人より頭1つぶん背の高い
翔がそこにいるのが見えた。
「翔!」
「あ、やっと来た」
「ごめんね。孤児院に長居しちゃった」
「急ごうか」
 すっと手が伸びる。熱い体温を伝える指先が、絵麻の手をつかんで人混みか
ら連れ出す。
 ただそれだけで、鼓動が跳ねた。
(あれ……最近何かヘンかも)
 ドキドキして、ふわふわして、何だかおちつかない。
「こっちだよ」
 絵麻はPC本館にはほとんど出入りしない。名目上はPC職員だが勤務地は
第8寮だし、町中まで来ても店が集まっている辺りまでだ。
 人の流れと逆流するように階段を何回か登って、最上階のフロアに出る。人
はいなかった。
「あれ、ここ前に見たことある」
「1度来たよね。まだ会ったばかりの頃」
「あ、あそこがMrの執務室なの?」
「うん。裏向きの」
 角を幾度か曲がると、行き止まりになる前の廊下でリリィ、信也、リョウの
3人が待っていてくれた。
「お待たせ」
「そろったし、行くか。にしても緊張するな」
 信也ががりがりと後頭部をかき回す。
「? 緊張?」
「ちゃんと文句は覚えてるんでしょうね?」
「えっと……『平和姫の永遠の誓いにかけて』?」
「永遠の誓い?」
「あ、絵麻知らないんだっけ」
「うん」
「平和姫は自分を創造した神に光の力を与えられたけど、その力を不和姫を倒
すためだけに使うって誓ったんだよ。それが『永遠の誓い』なの」
「そうなの?」
「だから、ガイアの人は重要な約束事をする時『永遠の誓いにかけて』って、 
決まり文句みたいに使うんだ」
「ふうん……」
 ふむふむと頷いた絵麻の背を、信也が軽くつついて。
「いこうぜ。俺が忘れないうちに」
 その言葉に、空気が和んだ。リリィまでもが笑っている。
 そして、信也はドアをノックすると、扉を開けた。
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