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1.哀しい目をした人

 気持ちいいくらいに晴れた、夏のある日。
 肩までの黒髪をした少女がひとり、井戸の横で洗濯物をすすいでいた。
 15、6歳くらいだろうが、表情はまだまだあどけない。服装は青空にぽっか
り浮かんでいる雲と同じ、白のサンドレス。
「おねーちゃーん」
 一心に洗濯する少女の横に、プラチナブロンドの髪をした幼女がぽてぽてと
走って来てくっついた。
「おねーちゃん。おリボン、むすんでー?」
「ああ。ほどけちゃったのね」
 少女は幼女が手にしていた青のリボンで、髪を結んでやる。
「ありがとー」
「さ、みんなと遊んでおいで」
「おねーちゃんもあそぼ?」
「うーん……お洗濯してほしいって、ジョアンナ母さんから頼まれてるのよね」
「ママから?」
「そう。だから、他のみんなと遊んでいらっしゃい」
 少女は孤児院の中庭で遊ぶ子供達の方に、幼女の背を押してやる。
「おーい?」
「次のばんだよ? どこにいったの?」
「あ、お姉ちゃんとこにいる」
 年かさの子供が幼女を迎えに来て。幼女は手をつながれて笑顔になると、遊
び仲間のところに戻って行った。
「ふうっ」
 少女は息をつくと、洗濯を再開する。
 山のような洗濯物は、孤児たちの衣服がほとんどだ。遊び盛りの子供達が汚
した洗濯物を真っ白に洗いあげるのは少女の仕事であり、また喜びだった。
 洗濯物を天気のいい日に空に干し、空気と陽光の匂いをいっぱいに取り込む
のが大好きだった。
 少女は木々に張ったロープに洗濯物を干し、大きくのびをする。
 白のドレスの裾が心地よい風になびいた。
「よーし。洗濯終わり。次は何をしようかな」
 その時だった。
「エマ」
 草を踏む音がして、孤児院の庭に1人の青年が入って来た。
 長身の青年。少女と同じ黒髪なのはわかるのだが、顔は逆光で見えなかった。
 しかし、少女にはわかった。
 彼が、自分の最もいとおしい人物であること。
 少女は青年の名前を呼び、その暖かな腕の中に飛び込んだ。
 青年が微笑して、その華奢な体を受け止める。
「またそんな薄いドレス着て。洗濯するのに邪魔じゃないか?」
「だって、この服は母さんと父さんからのプレゼントなんだもの。大好きなの」
「俺も好きだよ、エマのそのドレス」
「……ドレスだけ?」
「全部言わせるなよ」
 青年が少女を腕の中に抱きしめる。
「大好きだよ、エマ。何があっても、エマは俺が守る」

「……?」
 深川絵麻は自分のベッドで目を覚ました。
「え? あれ……?」
 まるで誰かに抱きしめられた後のように、体がほてっている。
 心が信じられないほどに暖かかった。
「何だったんだろう、さっきの……」
 自分が孤児院で洗濯を手伝う夢だった。洗濯が終わった時に長身の誰かが来
て、自分はすんなりとその青年の腕に飛び込んだ。
「あの人、誰だろう」
 呟いて、思い当たった可能性に心臓がどくりと鳴る。
 長身の、黒髪の人物……明宝翔。
(わたし、翔に自分のこと、好きになって欲しいの……?!)
 絵麻は赤くゆだってしまった頬をあわてて押さえた。
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