この時期、夜は寒い。 中央部の夜だって寒いのだから、北部に行けば寒さが厳しいのは当たり前。 「はーっ……って、息白いじゃん!」 自分の吐き出した息が空中で濁ったのを見て、唯美はぎょっとした。 「寒いわけだー。うわー。なんか着てくればよかった」 唯美が着ているのはノースリーブのセパレートである。 腕をさすって後悔するのだが、同じように半袖の封隼は全然寒そうな素振り を見せない。 「……封隼?」 「何? 唯美姉さん」 「アンタ、寒くないの?」 「……おれは元々こっちの育ちだから」 封隼がきょとんとして姉を見つめ返す。 「慣れててもなんでも寒いもんは寒くない?!」 「動いてればあったかくなるって」 封隼はあっさり言うと、翔にもらったペンライトで手元の地図を照らした。 「担当はエリアD……だっけ」 ちなみに、絵麻と翔がエリアA、信也とリョウがエリアB、哉人とリリィが エリアCを担当している。 各自が小型発信機と通信機を持っていて、第8寮に残っているシエルとアテ ネが8人の様子を随時モニターしているのだった。 「通信起点より定時連絡。エリアB。信也、リョウ、無事か?」 『こちらエリアB。今のところ作業進行30%。爆発物はなし。2人とも無事』 通信機ごしに、いくらかノイズ混じりの声が返ってくる。 『爆発物ってどのくらいあるんだっけー?』 「えっと……アテネ、そっちのプリント見てくれるか?」 「はーい」 アテネは机の端にあったプリントをつかむと、数値を読み上げた。 「えっとね、事前の調査では2〜3コだって」 『これだけの広さで2、3コなの?!』 『相変わらず、武装集団のすることはワケわかんねーな……』 「無事なら通信切るぞ」 『あ、待って。他の動きはどうなってるの?』 「エリアAは今のところ何も見つかってないって。CとDはこれから連絡する」 その、エリアA。 絵麻は翔と一緒に、岩が複雑に入り組んだ荒涼とした土地を歩いていた。 「ひゃー。迷いそう」 入り組んだ岩が複雑な道を作り、暗いこともあって一度はぐれれば再会する のは難しそうだ。 「絵麻、ヘンな所に入り込まないでね」 「わかってるー」 再三注意されているので、さすがの絵麻も骨身にしみている。 きょろきょろと周囲を見回す。 暗い空と、もっと暗い岩陰。 よくできた遊園地のアトラクションのようにも思えるから困ったものだ。 「オバケでそうだよね……」 「そう? 確かに北部のこの辺りは『死霊の集まる土地』って言われてるけど」 黒髪に黒いジャケット姿の翔は辺りの闇に同化してしまい、声だけが響いた。 「オバケ、怖いの?」 「うーん、怖いけど……ただ」 「ただ?」 自分だって似たようなものなのに……という言葉を絵麻は喉元で飲み込んだ。 翔は何かの計器類を片手に、難しそうな顔で周囲を計測している。 絵麻は別の話題を持ち出すことにした。 「爆弾……だっけ。それって、危ないの?」 「うん」 翔は計算が終わった機械をポケットにしまうと、息をついた。 「はっきりいって凄く危ない。僕らが同調してても、逃れられるかどうか……」 「え」 Mrはそんなのを探して来いと言ったのか?! つくづく、めちゃくちゃな人である。 「ひどいよね。Mr、まるでわたしたちのことコマか何かみたいに」 「まあ、そういう契約だしね」 翔はまるで他人事のように言った。 「それに、Mrはベナトナシュの本当の怖さ、知らないんだと思うし」 「本当の怖さ?」 そう絵麻が聞き返したとき、翔の表情からはいつもの穏やかさが消えていた。 (え……) 何かを思い詰めているような、何かを悔やんでいるような。翔はそんな顔を していた。 「……絵麻」 「何?」 「僕は…………」 翔は何かを伝えようとしたのだが、それはできなかった。 (―――ま。絵麻……) 「……?」 絵麻の視線が、翔の後ろの一枚岩に釘付けになる。 そこに立っていたのは、鈍い金色の髪を2つのおさげに結った少女。 絵麻は思わず息を飲んだ。 エプロンドレスを夜風にはためかせた三つ編みの少女が、一枚岩の上からじっ と自分を見下ろしている。 夜の闇の中でも、その姿を絵麻が見間違えるはずがなかった。 「……カノン?!」