「平和姫……と」
翔はリビングのパソコンを使って、国府の郷土資料管理センターの資料ペー
ジにアクセスしていた。
平和姫はおとぎ話の中の姫君。平和の守り手。
おとぎ話になるのなら、元になる何かがあるはず……。
平和姫。
武装集団の高位階級のものは、なぜか絵麻をそう呼ぶ。
平和姫と不和姫は子供向けのおとぎ話の登場人物だ。不和姫は世界を破壊し
ようとする闇の姫君で、それに対抗するのが光の神からつかわされた平和姫で
ある。
武装集団首領が『不和姫』を自称するのは、自分が世界の破壊者であるとい
う認識を人々に埋め込むためである、というのが定説となっている。
本人が本当に『不和姫』なのかについては明確な証拠がない。もっとも、何
をどうすれば不和姫の証明ができるかなんてわからないのだけど。
不和姫は破壊の姫君。
この部分だけ取れば、武装集団首領は本物の『不和姫』だと言えるか。
翔は郷土資料管理センターの内部をことごとく探したのだが、翔が知ってい
る以外の情報は得られなかった。
平和姫も不和姫も、学会では単なるおとぎ話の人物なのだ。
普通なら、ここで考えることを止めるだろう。
けれど、翔は可能性がある限り思考を停止させない。
(『不和姫』が実在すれば、『平和姫』もまた実在するってことになる。
けれど……どうしてそれが絵麻なんだ?)
誰より料理上手の家事上手で、戦闘にはまるでむかない女の子。
確かに現実離れした部分はある。いきなり人の頭の上から落ちて来て、別の
世界で殺されかけたらしいし、貴重なラピスラズリを持っている。
(ラピスラズリ……ラピスラズリ?)
翔はそこで、ふっと思い当たった。
一冊の本をつかんでばらばらとページをめくる。
それは古い詩集だった。
100年近く前の作品が収められたその中に、平和姫と不和姫の詩があった。
不和姫は闇の姫。
暗き闇で辺りを閉ざす。
平和姫は光の姫。
輝く光で辺りを照らす。
不和姫は破壊姫。
死の行進を果てまで導く。
平和姫は戦乙女。
正しき道を果てまで導く。
不和姫は金髪の乙女。
輪飾り鳴らして軍を進める。
平和姫は黒髪の乙女。
黒髪なびかせ軍を進める。
不和姫は石を持つ。
赤い赤い血の色の石。
平和姫も石を持つ。
青と金の宇宙色の石。
「平和姫は……黒髪の乙女……平和姫は……石を持つ……」
翔はしばらくその言葉を繰り返していた。
絵麻と似通っている部分が、あまりに多すぎる。
(絵麻は、武装集団の言うとおりに『平和姫』なのか?!)
100年前に書かれた詩。
「100年前……」
そういえば、パンドラが前に絵麻にそんな事を叫んでいたことがあった。
『100年前、確かに私が!!』
何かがあったのだろうか。100年前に……。
「100年前か」
翔は再び、パソコンを郷土資料センターにつないだ。
納得がいくまで、ありとあらゆる資料を調べ尽くすつもりだった。